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【出演】ひとものがたり

JCN系「ひとものがたり」で放映されました。

今回取材に来て頂いたディレクターの金海さんに感謝です。



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●「渋滞情報」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

高速道路の電光掲示板で

○○から××まで渋滞△△km」などと出ているけれど

「○○」「××」の位置関係はどうなっている?

どういう事かと言うと
渋滞の「先頭」をどちらにするのか?
と言う問題。

何年か前に「首都高」と「その他の高速」の
掲示板の情報の表示方法が統一された。
どっちがどっちだったのかはよく覚えていないが。
今では渋滞の列の「先頭」(車の進行方向)を
「○○」にしている。
ラジオの「渋滞情報」では「○○を先頭に~」って
判りやすく言っているけどね。
どっちかの掲示板はそうでは無かった、らしい。
(あまり渋滞情報なんて気にして無かったので)
地理に明るければどっちが先頭でも
「区間」で捉えられるから大して問題はないけれど。


「○○」と言う場所が渋滞の「先頭」なのかそれとも「最後尾」なのか。

「クルマを運転している人」から見るとこうなる。

「××」で渋滞にハマり、「○○」まで行くと
渋滞からぬけるのか

「○○」で渋滞にハマり、「××」まで行くと
渋滞からぬけるのか
、の違い。

「○○」を「先頭」と見るか「最後尾」と見るかの差。
ちょっとした違いなのだが
これって
その人が「状況をどう捉えるか」っていう
「認識の仕方」の差なわけで
ひょっとすると
「心理テスト」の様にその人の人格を
推し量るヒントになるんではないかい?

普段の会話で
「○○」から「××」まで渋滞してた
なんて言う話が出たらその人がどっちを
「○○」にして話しているか、に着目すると…。

「○○」を「先頭」と捉える人は
物事を「客観」で捉える傾向が強いタイプの人。
渋滞を「俯瞰」でみて捉えて地図の上での
「先頭」と「最後尾」を決めている。
「渋滞」は単なる車列として捉えているので
「運転をしている自分の位置」は余り重要ではない。
「周囲」を把握してその中の「自分の位置」を
認識している人。

「○○」を「最後尾」と捉える人は
物事を「主観」で捉える傾向が強いタイプの人。
渋滞を「自分のいる位置」を中心にして捉えて
「先頭」と「最後尾」を決めている。
自分の目の前にある車列が「渋滞」であって
あくまで「運転をしている自分の位置」が基準になっている。
「自分の位置」を中心にして「周囲」の様子を
認識している人。

ってな具合にね。

運転中はたぶん自分達が乗っている車の位置が
中心になるだろうから
あくまで運転をしていない時
もしくは渋滞と関係ないところにいる時に限っての話だけど。
あと、年中運転していて
どっちかの「掲示板の表示」に慣れている場合なんかも
あるから正確ではないけれど。


そして、このあと色々と講釈が続いて
「あなたはこんな人だ。」みたいに結論づける。
「えっ、ええ~っ、そうなの?」

まさか、「渋滞情報」ひとつで「人格」まで暴かれるとは。


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ボックスカートレース動画

レッドブル・ボックスカートの動画がようやく用意できました。

ゼッケンNo18 心技隊 のカートです。

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●「フルーツトマト」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

「フルーツトマト」と呼ばれる

果物のように甘いトマトがあるという。

単純に元々品種が違うんだろうと思っていたのだが。


先日TVでトマト農家の事をやっていた。

それによると
確かに「糖度」の高い品種が有るみたいだが
育て方にもひと工夫があるらしい事が判った。

簡単に言うと
実を付けたら後は水をあげない、って事らしい。
葉っぱがもう枯れてしまう位にしなびた状態に。
そうするとトマトは養分を実に集中させて
次世代に命を繋ごうとする。
結果、実が甘くなるんだとか。
行き過ぎるとやっぱ枯れちゃうんだろうけどね。

これは、フルーツトマトに限った事では無くって
果物全般に言える事なんだそうだ。

そう言えば
夏が暑い程柿が甘くなる、っていうもんね。
聞いた事ない?本当ですよ。
嘗て実家に柿の木が有ったのだが正にその通りだった。
夏が暑く残暑が厳しいほどその年の柿は甘かった。

水をたっぷりともらい甘やかされて育った木は
甘い実を付けられない。

恐るべし生命のメカニズム。

ところで、「トマト」って野菜?果物?
「スイカ」は?どっち?

答えは
「多年草」が付ける実は「果物」
「一年草」が付ける実は「野菜」
だから「トマト」も「スイカ」も野菜でした。



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チンゲンサイ

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ミナロ植物工場(仮)の近況です。

ミナロ植物工場を知らない方はこちら
(下へスクロールしてください)

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今朝収穫したチンゲンサイ。


今回もこんなに立派なチンゲンサイが採れました。


サンフラワーひまわりの御陰かな?

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収穫したチンゲンサイはその日の給食で調理。


味も歯ごたえも遜色ありません。



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そして、これがやりたかったの。 ふむむ


これだけ楽しくて役に立つのだから、早く商品化進めないとね。


テクニカルショウ2010に出展か?
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山上氏による特別講演会へのお誘い

この度、関東自動車工業にて試作特装部に勤務されておりました、山上初蔵氏による特別講演会を開催致します。

日本の機軸企業である自動車メーカーにて、約半世紀もの間モノづくりに携わってきた氏の歩んできた記憶や功績から、モノづくりの過去、現在、未来を紐解いて頂こうと思います。
当日は、いまだ見えない景気の行方に、産業界に携わる私たちに今何が出来るか一緒に考えて行ければ幸いです。


日時:11月28日(土曜日)
場所:磯子公会堂 横浜市磯子区3-5-1(磯子区総合庁舎内)
   TEL045(750)2520
時間:17時30分~約2時間(予定)~講演終了後、忘年会「鮨処なかの」
料金:¥6,000 (当日、講演会終了後忘年会費含む)


山上初蔵
昭和21年 神奈川県横須賀市生まれ
関東自動車工業株式会社にて約40年試作特装部にて、トヨタ自動車グループ全ラインナップに関わる
平成19年 定年退職
現在、日本伝合氣柔術師範代の傍ら、技術力のある全国の町工場発展の為に尽力中


残り席5名のみです。

参加希望の方はコメントかメールにてお願いします。

メールフォーム


満席の場合、先着順で締め切りますので、ご了承ください。



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●「自覚」

「ちゃんと、言葉で言って貰わないと
 
    わからないですよ。」

んっ、つい最近もどっかで聞いたなぁ。このフレーズ。

もちろん、時と場合に因るのだが
私は他人にナニカを教えたかったり伝えたい時には
「そのこと」を相手に直接言葉では伝え無い様にしている。
「そのこと」が相手にとって重要だと思える事ならばなおさらだ。

様々なヒントを出して
相手が「そのこと」に自力で到達するまで待つ。
第一ヒントですぐに判って貰える場合もあれば
第十ヒントまで出しても判って貰えない事もある。
それでも辛抱強く待つ。
決して直接に「解」は教えない。
「意地が悪い」なんて言われる事もあるけれど
その言葉甘んじて受けましょう。
本当にその人の為を思っての事なんだから。

あくまで本人が「そのこと」に自分で気が付かなければならない
自分の五感をフルに使って「そのこと」と同じ「結論」に
到達しなくてはいけないと思うからだ。

そう考えるのはふたつの理由からだ。

ひとつは「記憶に残るインパクトの差」

例えば数学の問題を出されたとしよう。
頭をひねりにひねってやっと「解き方」を考え出した末に
「答え」を出した場合と
安直に「模範解答」をみて「ああ、こうやって解くのね。」と
「解き方」を知ってから「答え」を出した場合の「差」だ。
どちらの場合でも頭に「解き方」と「答え」は入るだろう。

でも時間が経ってから、また同じ「解き方」を使う問題を
出されたとしたら、どっちが良く覚えているだろうか?
記憶力が良ければどちらの場合でも「解き方」を覚えているだろうが
当然自分の頭を使って「解き方」に到達した場合の方が
遙かに良く覚えているだろう。
なんせ、一度は自分の力で解いた問題だ。
その時の事は忘れてしまっていたとしても実績がある。
「解けないワケはない」と自信を持って言えるだろう。

そしてもうひとつの理由は「いいわけを許さない為」

経過はともかくも、最終的に自分自身が出した「結論」である。
自分が出した「結論」であるならばその責任は全て自分自身にある。
他人やほかの事のせいには出来ない。
後々なにか不都合な事態になった時にも
「だって、そう言われたから。」なんて言う「いいわけ」は出来ない。
「本当は自分はそうは思っていなかった。」なんて
あとから言い出す事っていくらでもある。
他人に対する「いいわけ」だけでなく
自分自身に対する「いいわけ」として持ち出して
自分で自分をごまかしたりする
もし、その時出した「結論」が本当に間違っていたと思うのなら
新たな「結論」を自分で導き出せばいいだけの話し。
「ごまかし」は良くない。

「ノウハウ」や「テクニック」は大切だが、それよりも
本人の「自覚」ってのが最も大切って事。

技術は「教わるモノ」ではない「盗むモノ」だ。

この言葉は何も職人の「テクニック」の事だけを言っているのではない。
もっと本質的なモノ、「奥義」を表している。
私はそのように理解している。
ブルースリーだって『燃えよドラゴン』の中で言ってるでしょ
「考えるな、感じろ。」って。

「イージーカム、イージーゴー」=「悪銭身に付かず」
安直に手に入れたモノは失いやすい。って
昔の人は言うじゃない。

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異業種なう

先週はエミリアの手伝いで愛知出張だった。

いつもは開店準備の手伝いだけだったが、今回は店頭で接客をやってみた。


エミリアに来るお客さんは、製造業の我々とは無縁の人々。

おしゃれで、綺麗で、ひらひらした人たちだ。


金の使い方も半端じゃない。

一枚ウン十万もする服を何枚も買っていく。

基準は、価格より自分に合うかどうからしい。


だがすべてのお客さんがお金持ちというわけでもない。

数回払いのカードローンやボーナス2回とかで買って行く人も。

カード会社からストップがかかるのはよくあることらしい。 汗


そこまでしても買いにくるお客さんにとってエミリアはどんな魅力があるのだろう。

契約社員として働きながら、給料のほとんどをおしゃれにつぎ込んでいるであろう30代女性がこう言っていた。


エミー社長が選ぶモノを買いたいんです、エミー社長と同じのを着たいんです!


人口がそう多くない町であっても、おしゃれや新作や人と違うモノが好きな人は居る。

来店から2、3時間居るのは当たり前、2日連続でくる人も。

そういう人たちが集まる店、それに応えるカリスマ社長。

これが経営の根本だとおもう。


そして町のブティックも、町工場も基本は一緒。

どれだけ多くの人を集められるか、どれだけ多くの人に好きになってもらえるかだ。


とても新鮮な体験をした異業種なうだった。


「なう」の使い方間違ってますがね
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●「肌で感じる違い」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

この記事がアップされる頃は
もう「夏」も終わっているんじゃないかと思うけど
書いてる今は「真夏」。
テーマパークや遊園地では
「水系アトラクション」が花盛り。

「フロート」に乗り急流を下って飛沫をかぶったり
キャラクターがホースで水をまいたり
観客が「濡れちゃった」になるのが「水系アトラクション」

この手のアトラクションは結構古くからあり
私が幼少の頃すでに遊園地にあった。

大きくなってからも遊園地に行けば
「絶叫系」が大好きな私は自分から進んで乗ったりしたのだが
「濡れちゃう」のがいやだったので
「水系」はあんまり好きでなかった。

大概は夏休みの頃に行ったのだが
「濡れちゃった」あと、さらに汗を掻いたりするので
いつまでも「ベタベタ」として気持ち悪かった。
なかなか乾きゃしない。着替えなんて持ってきていないし。
帰りの車や電車の冷房で冷やされるともう最悪。
アトラクションの最中は楽しいんだけれども
なんで、水系があるのかちょっと不思議だった。
みんながみんな着替えを持っていたり
遊んだあとはすぐにホテルに泊まったりする
わけでもないだろうに…。
イヤなら乗らなきゃいいのか、その前に。

時は流れて
ある年の夏、カリフォルニアにある遊園地に行く機会があった。
入園料を払えばあとは乗り放題
アトラクションごとにお金を払う必要はない。
そのことだけでも新鮮な驚きだった。
日本にはまだ「パスポート」なんて概念は無かった。
(てことは、浦安ネズミーランドオープン前か)

そしてやっぱりそこにも有りました「水系アトラクション」
「フロート」に乗って急流を下るやつが。
ちょっとためらいもあったが、せっかくのカリフォルニア
次はない、乗らなきゃ損と乗ってみた。

乗って見てどうなったか?
案の定「濡れちゃいました」「もう、ぐしょぐしょに」
で~もそのあとが予想と違った。
あっという間に乾いてさらさらになるではないですか。

そうなんです。
カリフォルニアは元々「砂漠気候」の土地に出来た街。
空気が乾燥しているので汗ばむこともなく
「ぐしょぐしょに濡れちゃって」もすぐに乾いてしまうから
あの不快感が全然無いのです。後味スッキリ
これが本来の「水系アトラクション」のあり方だったのか!
いろいろな「なんで?」が氷解した瞬間でした。

真夏なのに長袖の「スーツ」を着ている人がいる。
真夏なのに長袖の「革ジャン」でバイクに乗っている人がいる。
それは真夏でも「ベタベタしない」からなのです。
それどころか長袖で腕をカバーしておかないと
日差しでジリジリと焼ける様に痛いくらい暑いので
私のように肌がデリケートな人間には
日差しの下にいる時は長袖は必需品
でも日陰に入ると涼しくって風が非常に心地よい。

いろんな意味で日本は間違っているのに気が付いた。
見た目だけをまねはしているけど
本来のものとは違っている
いや、違っていないんだけど同じじゃない
「湿気」は写真や映像じゃ伝わらない。

日本は「温暖湿潤気候」なのだ。
日本の夏は「スーツ」ではない。「アロハ」か「かりゆしウェア」だ。
日本の「水系アトラクション」は濡れちゃってもいい「水着着用」が原則だ。

見た目だけでは判らない、その場に行かないと判らない
違いを文字通りに「肌で感じた」話でした。



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ボックスカートTV放映のお知らせ

11月7日(土)19:00~21:00 TVK(テレビ神奈川)でボックスカートの模様が放映されます。

受信できる方は是非ご覧ください!

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4コマ漫画対決!

なんと製造業漫画のパイオニアたなかじゅんさんと、ボックスカートでの涙ポロリ以来人気急上昇中のDD寺女史が、4コマ漫画で対決だ!

お題は、みどりんこ社長の1日


話の中に鳩営業と、エロを含めること。


のはずだったのだが・・・


まずはDD寺氏の作品から


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みどりんこ社長の気持ちをよくとらえています。

さすが自称ストーカーです。


しかし残念ながらエロがない。
ピンクのウサギがエロっちゃエロだが・・・


最近男化しているDD寺氏だけにもったいない。



続いて、たなかじゅんさんの作品がこれだ。

Midorinko_jun_2



なにこのクオリティー


タダで描いてる4コマ漫画ですよ?


手抜いてません、本気です。 じゅんさん本気で描いてますって。


登場人物が誰だか一目で見当ついちゃいます。


観察力もこわいくらいです。


さすがプロの意地。


というわけですばらしい作品が集まったのですが、ひとつ問題が・・・

4コマ漫画対決ということなんで、どうやって勝敗をつけましょ?


ねぇ、トガさん・・・


ミナロとつきあうと仕事できないよ(笑)
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PIAフェスタ2009

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先週、PIAフェスタ2009が終わった。

開催までにも、開催中にもいろいろあったが、すべてひっくるめて成功だ。

ミナロテントの商品はすべて完売。
ステージでの技者コンテストは大盛況。

ミナロが関わった出し物は100点満点をあげてもいいだろう。


みんなよく頑張ってくれた。

みんなよく楽しんでくれた。

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来年もやるぞ。

てか、やらされるぞ。


会社つぶれるって、マジで・・・
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●「モノづくり」は「モノ語りづくり」

何処で聞いた言葉か定かではないが

正にその通り。

「ストーリー」の無い「モノづくり」なんて

無意味である。

「モノ」を作る行為って言うのは
その「モノ」を使う人があってこそ
初めて意味を持つもの。

その「モノ」が必要とする人の手に渡り
使われて役に立ち、生活を豊かにし
時には心を豊かにし
その人が主人公の「モノ語り」を演出する小道具として
そして時には準主役級の働きをする。
だから、そんな「モノ語り」がバックグラウンドにあるから
それを考えながら「モノづくり」をするのが楽しい
その「モノ」がたとえ製品の一部品に過ぎないとしてもだ。

最終的に人に「感動」を与えられるからこそ
「モノづくり」って面白い。
自分で「感動」出来るからこそ
「モノづくり」って面白い。

誰も使わない、誰の役にも立たない
誰も欲しがらない「モノ」を
作ってもそれは単なる資源の無駄遣い
単に材料を「加工」するだけの作業になってしまっては
楽しくも何ともない。苦痛ですら有る。


「何をつくるか?」

その事を考える時にも
まず第一に「モノ語り」を考えなければならない。
こんな「モノ」があれば
こんなに役に立つ、こんな生活が実現出来る
こんなに心が豊かになる。
そんな「モノ語り」を心に想い描きながら
「モノ」を具体的な「カタチ」に落とし込む。
時には、自分の想像を超えた「モノ語り」
登場する事になるかも知れない。
それはそれで「楽しみ」のひとつになる。

ただ、
「新しい加工技術があるから。」
「こんな事を思いついたから。」
「こんな事を自分が出来るから。」
それだけの理由で「モノ」をつくっても
そこに「モノ語り」が無ければ「感動」は生まれない。

もしかすると
自分が想像もし得なかった「モノ語り」
生まれるかも知れないが
少なくとも自分が「感動」出来ない「モノ」が
他人を「感動」させるなんて
totoで一等に当たるよりも低い確率だろう。

でも「面白そうだから。」っていうのは
充分理由にはなるハズだ。
「面白い」と思った理由に「モノ語り」
隠れているから。
何を「面白い」と感じるかがその人の感性
「感動」の元だから。

「モノ」の後ろには必ず、「誰か」つくった人、使う人がいて
「モノ語り」を紡いでいる。

「モノ語り」が見えない「モノ」なんかに存在価値は無い。

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