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●「モノづくり」は「モノ語りづくり」

何処で聞いた言葉か定かではないが

正にその通り。

「ストーリー」の無い「モノづくり」なんて

無意味である。

「モノ」を作る行為って言うのは
その「モノ」を使う人があってこそ
初めて意味を持つもの。

その「モノ」が必要とする人の手に渡り
使われて役に立ち、生活を豊かにし
時には心を豊かにし
その人が主人公の「モノ語り」を演出する小道具として
そして時には準主役級の働きをする。
だから、そんな「モノ語り」がバックグラウンドにあるから
それを考えながら「モノづくり」をするのが楽しい
その「モノ」がたとえ製品の一部品に過ぎないとしてもだ。

最終的に人に「感動」を与えられるからこそ
「モノづくり」って面白い。
自分で「感動」出来るからこそ
「モノづくり」って面白い。

誰も使わない、誰の役にも立たない
誰も欲しがらない「モノ」を
作ってもそれは単なる資源の無駄遣い
単に材料を「加工」するだけの作業になってしまっては
楽しくも何ともない。苦痛ですら有る。


「何をつくるか?」

その事を考える時にも
まず第一に「モノ語り」を考えなければならない。
こんな「モノ」があれば
こんなに役に立つ、こんな生活が実現出来る
こんなに心が豊かになる。
そんな「モノ語り」を心に想い描きながら
「モノ」を具体的な「カタチ」に落とし込む。
時には、自分の想像を超えた「モノ語り」
登場する事になるかも知れない。
それはそれで「楽しみ」のひとつになる。

ただ、
「新しい加工技術があるから。」
「こんな事を思いついたから。」
「こんな事を自分が出来るから。」
それだけの理由で「モノ」をつくっても
そこに「モノ語り」が無ければ「感動」は生まれない。

もしかすると
自分が想像もし得なかった「モノ語り」
生まれるかも知れないが
少なくとも自分が「感動」出来ない「モノ」が
他人を「感動」させるなんて
totoで一等に当たるよりも低い確率だろう。

でも「面白そうだから。」っていうのは
充分理由にはなるハズだ。
「面白い」と思った理由に「モノ語り」
隠れているから。
何を「面白い」と感じるかがその人の感性
「感動」の元だから。

「モノ」の後ろには必ず、「誰か」つくった人、使う人がいて
「モノ語り」を紡いでいる。

「モノ語り」が見えない「モノ」なんかに存在価値は無い。

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