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●「自覚」

「ちゃんと、言葉で言って貰わないと
 
    わからないですよ。」

んっ、つい最近もどっかで聞いたなぁ。このフレーズ。

もちろん、時と場合に因るのだが
私は他人にナニカを教えたかったり伝えたい時には
「そのこと」を相手に直接言葉では伝え無い様にしている。
「そのこと」が相手にとって重要だと思える事ならばなおさらだ。

様々なヒントを出して
相手が「そのこと」に自力で到達するまで待つ。
第一ヒントですぐに判って貰える場合もあれば
第十ヒントまで出しても判って貰えない事もある。
それでも辛抱強く待つ。
決して直接に「解」は教えない。
「意地が悪い」なんて言われる事もあるけれど
その言葉甘んじて受けましょう。
本当にその人の為を思っての事なんだから。

あくまで本人が「そのこと」に自分で気が付かなければならない
自分の五感をフルに使って「そのこと」と同じ「結論」に
到達しなくてはいけないと思うからだ。

そう考えるのはふたつの理由からだ。

ひとつは「記憶に残るインパクトの差」

例えば数学の問題を出されたとしよう。
頭をひねりにひねってやっと「解き方」を考え出した末に
「答え」を出した場合と
安直に「模範解答」をみて「ああ、こうやって解くのね。」と
「解き方」を知ってから「答え」を出した場合の「差」だ。
どちらの場合でも頭に「解き方」と「答え」は入るだろう。

でも時間が経ってから、また同じ「解き方」を使う問題を
出されたとしたら、どっちが良く覚えているだろうか?
記憶力が良ければどちらの場合でも「解き方」を覚えているだろうが
当然自分の頭を使って「解き方」に到達した場合の方が
遙かに良く覚えているだろう。
なんせ、一度は自分の力で解いた問題だ。
その時の事は忘れてしまっていたとしても実績がある。
「解けないワケはない」と自信を持って言えるだろう。

そしてもうひとつの理由は「いいわけを許さない為」

経過はともかくも、最終的に自分自身が出した「結論」である。
自分が出した「結論」であるならばその責任は全て自分自身にある。
他人やほかの事のせいには出来ない。
後々なにか不都合な事態になった時にも
「だって、そう言われたから。」なんて言う「いいわけ」は出来ない。
「本当は自分はそうは思っていなかった。」なんて
あとから言い出す事っていくらでもある。
他人に対する「いいわけ」だけでなく
自分自身に対する「いいわけ」として持ち出して
自分で自分をごまかしたりする
もし、その時出した「結論」が本当に間違っていたと思うのなら
新たな「結論」を自分で導き出せばいいだけの話し。
「ごまかし」は良くない。

「ノウハウ」や「テクニック」は大切だが、それよりも
本人の「自覚」ってのが最も大切って事。

技術は「教わるモノ」ではない「盗むモノ」だ。

この言葉は何も職人の「テクニック」の事だけを言っているのではない。
もっと本質的なモノ、「奥義」を表している。
私はそのように理解している。
ブルースリーだって『燃えよドラゴン』の中で言ってるでしょ
「考えるな、感じろ。」って。

「イージーカム、イージーゴー」=「悪銭身に付かず」
安直に手に入れたモノは失いやすい。って
昔の人は言うじゃない。

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