●「瓜田に靴を入れず李下に冠を正さず」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

中国故事に由来する言葉で

要するに「他人に疑われる様な行動は取るな。」

という戒めである。

スイカの実っている畑で
屈んで靴ひもを直していれば
他人の目にはスイカを盗っている様に見える。
スモモなどの実がなっている木の下で
手を上げて冠を直していれば
他人の目にはスモモを盗っている様にみえる。

いくら本人にその気が無かろうとも
他人に疑いを持たれる様な行いはするべきではない。
ってな話ですな。

公明正大で有ることは当たり前だが
それだけではまだ配慮が足りない、と言う事である。
特に他人の耳目が集まる立場や色々な責任を負っている立場
にいる人間は殊の外、注意が必要である。
他人の目は常に厳しいのである。

ではなぜ疑われるな行動を取る人間は
そんな行動を取ってしまうのか?
なにゆえに配慮が足りない人間なのか?

「自分の行動が人の目にどう見えているか」と言う事に
気が回っていない人間は
早い話「自分の事しか考えられない人間」なわけだ。
「靴ひもを直さないと」という考えだけで
頭が一杯になってしまってそれで即、行動する。
自分の行動が他人からはどう見えて、見た人はどう思うのか
と言う事が考えられない。
「自分を客観的に見る」ことが出来ていない。
そう「メタ認知」っていうやつですな。

脳の機能で言うと
前頭前野の発達、活動が足りない状態。
動物や幼い子供と一緒なわけだな。
「頭隠して尻隠さず」のレベル。

「人を人たらしめているのが前頭前野」と言われている事
から考えると
「人として不完全」と言え無くもなかろう。
ま、「完全な人」は「補完計画」でも実行しない限りは
存在しないだろうから、程度の問題だけれども。

少なくとも人の上に立とうと言う志のある人間ならば
より「完全体」に近い人であって欲しいものである。



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すごいぞ日本の製造業パーティー

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先日【製造業応援ブログ】すごいぞ!日本の製造業!発足式を開催した。

総勢35名もの方々に集まって頂き、大いに盛り上がった。

1次会では、名刺交換や知人の紹介、製造業応援ブログのこれからに期待するも等、中身の濃い時間だった。


続いて2次会もその場所でカラオケ。

普段歌わない、みどりかわも歌わされた。(やめてよ)


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みんな良い顔してます。


ジーズフィールドの山本氏の思いつきで始まった製造業応援ブログが、今ではこれだけの人々に支持をされて、これからますます注目を集めることでしょう。


今回の寄付金もウン万円を越え、活動資金として山本氏に手渡した。

「もったいなくて使えない」と彼は言うけど、みんなが期待して預けてくれたお金だ、使わなければ意味がない。

本業との両立はとても大変だが、手伝えることは何でもしたい。


すごいぞ!日本の製造業!

すごいぞ!ジーズフィールド山本!


【製造業応援ブログ】



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●「メタ認知」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

メタ=「より高次な」

メタ認知=「認知を認知する事」

「認知」と言っても
「あの時の子供よ。あなたが父親に間違いないんだから
              ちゃんと認知してよね。」

「ああ。そうだね。(本当にか?)」


…って~のでは無くって
認識する事、<心の作用>の事。

「メタ認知」とは簡単に言っちゃうと
自分を「客観的」に見る事。

何かで怒りまくっている時に
『俺、何でこんなに怒ってるのかなぁ?』とか
めちゃくちゃに悲しい時に
『俺、泣いてるよ。涙もろくなったなぁ。』とか
心のどこかで冷静に<自分の事を他人の様に見ている>事だね。

「怒るときは本気で怒り、泣くときには本気で泣け!」ってな
話しもあるとは思うが
別に演技で怒ったり、泣いたりしてる訳じゃないもんね。
「冷めてる」って言えばその通りなんだけど
<感情に振り回されない、より強い自分の存在>がある
って考えるとなんだか頼もしくない?

「感情にまかせて行動する」って
危なっかしいでしょ? どう考えても。
怒りにまかせてやっちまった事って
大概はろくでもない結果になってる。
これは経験則。

以前書いた「抽象度」に似た話だけど
より高い次元から物事を見たり考えたりするのって
大切なことだと思う。

だって、「自分で自分がコントロール出来ない」って
なんか情けないような気がするから。
「ケモノかよっ!」って。

「自分で自分をコントロール出来ない人」って
「自分は自分で自分をコントロール出来ない人である。」って
事を認識してるのかな?
きっと、認識出来ていないから
「自分で自分をコントロール出来ない人」なのであって
「自分は自分で自分をコントロール出来ない人である。」と
認識していれば
「自分で自分をコントロール出来ない自分」を
コントロール出来るのでは?
そうなると
「自分で自分をコントロール出来ない人」でも
「自分で自分をコントロール出来ない事を判っている自分」を
コントロール出来るのならば
結局は自分をコントロール出来るのか?

(な~んて、いつものように言葉遊びをして「自分、自分」
と書いていたら、ゲシュタルト崩壊が起きた!
なんだか「自分」って字がへんてこりんな文字に見える。)

遊びはここまでにしておいて、話しを続けましょ。

全てがコントロール出来るとは思わないし
「わかっちゃいるけど、やめられないっ。」ってのは
と~~~っても気持ちがいい、だからだもんね。
「暴走」もたまにはしたほうがいいよな、とは思うものの。

暴走中に『只今、暴走中。』って思ってちゃ
本当の「暴走」じゃないよな。
メタ入ってるもん。

(相変わらず、ワケわかんねぇ事書いてるなぁ、私って。
 これって暴走中?)



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【告知】製造業応援ブログ発足パーティー

●追記有り

『製造業応援ブログ!』の発足パーティーを企画しました。

製造業応援ブログが始まってだいぶ経ってしまいましたが、サイトのリニューアルにあわせて、発足パーティーを行おうと思います。

製造業応援ブログに興味をお持ちの方は是非参加してください。

プレスの方も大歓迎です。


予約の関係がありますので、7月3日までに申し込みをお願いします。


日時 7月8日(水) PM6:00~
場所 パセラリゾーツ 横浜関内店
会費 \5000程


申し込みフォームはこちらから
製造業応援ブログ発足パーティー参加申し込み




フォームが使えない方は以下を切り取りメールしてください。

連絡先 info@minaro.com
題名 製造業応援ブログ発足パーティー参加申し込み

企業名
参加者名
メールアドレス
電話番号



●追記

現在約30名ほど参加申し込みを頂いております。
好評につき、本日(7/3)いっぱいまで参加受付の時間を延ばします。
よろしければ上記フォームよりお申し込みください。


来たれサムライ達!
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●私が「ゴルフを嫌い」なワケ

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

私はゴルフが嫌いである。

勿論、フォルクスワーゲンの車の事では無い。

はっきり言って偏見である。それは自覚している。

でもその偏見がどうしても拭えない。

別にゴルフって言うスポーツを否定しているワケでも無いし
ゴルフ好きの人がどうこうって言いたいワケでも無いんだけれど
私個人としてはどうしても好きになれないんだよね。

次の三つが自分なりの考えられる理由。

第一に「ブルジョア臭がするから。」

穴に玉を入れて遊ぶといった行為は
人間の本能に根ざした部分(?)が有るようで
世界中に普遍的に見られそうな遊びではあるが
今あるゴルフの姿は、諸説有るそうだけれど
産業革命をきっかけに世界中に「搾取」の手を拡げていった
大英帝国生まれのゲームであると言われている。
ちゃんとプレイするためには広大な土地が必要である事から
ブルジョアにのみ許される遊びであった事は想像出来よう。
心のプロレタリアート(?)である私には
ブルジョア的なモノはなかなか受け入れ難いものである。

殊に日本では、何よりも高額である土地を大量に必要とする。
そしてさらに多額の金をかけて
(山を切り開き、土地の保水力を奪い、除草剤で汚染して)
人工的に作られ管理された「自然」の中でプレイをする。
また会員制などという排他的なシステムを導入し
特権的な意識の下でコースが運営されている。
元々ヨーロッパは厳然とした階級社会だからね。
さらにはその会員権が投機の対象にまでなっており
マネーゲームの一部を構成している。

仕事だと頭で判っては居ても
女性のキャディさんにバッグを運ばせるのも
小心者の私には心苦しく感じてしまう。
よく映画なんかでギャングのボスがクラブを手に携帯電話で
子分に指図してるところとか出てくるけど
そんなイメージも付いて回る。悪い奴が好きな遊びってね。
英国紳士(ジェントルマン)のスポーツと言うが
あんまりジェントルな感じがしない。
といっても、ゴルファーすべてを非難している訳じゃ無いからね。
あくまでも、私の中でのイメージですから。
何より金が掛かりすぎる、ってイメージが一番かな。
私の思うスポーツからはかけ離れてしまっている。
スポーツとは庶民の娯楽で有るのが
本来の姿であろうと私は思うのです。

第二に「本田宗一郎が若いときゴルフをしなかったから。」

私の心の師である本田氏は若い頃にはゴルフをしなかったそうだ。

まだ日本が戦後の痛手から立ち直っていない頃
昭和二十年後半~三十年代前半頃の話だろうか

 「まだまだ庶民は大変な思いをして復興を目指している最中である。
  そんな中で多少の小金を持てたプチブルどもが
  仕事をほっぽらかして 欧州のブルジョアの真似なんぞをして
  ゴルフに飛び付きうつつを抜かしている。
  まだまだ日本はそんな状況ではない。」

とゴルフを封印していたと言うのだ。
発言の内容に関しては私の脚色が多分に入っているが
ってより、殆どねつ造だが。
おおよそそんな事を言ってたそうだ。
「自分にゴルフはまだ早い。」ってね。
ともかく、会社を思い、社会を思い封印していたんだそうだ。
その頃ホンダは既にかなりの会社になっていたとは思うんだけど。
そういうことなんだそうだ。

ちゃんと調べていないので
全てが私の幻想って事もありえますが。

晩年には「そろそろ、良いだろう。」と始めたとたん
あっという間にのめり込んでしまったらしいが。
それだけ面白いって事だよね。ゴルフってのはさ。
(と、今更ながらゴルファーを敵に回さないようにフォローしてみる。)
本田宗一郎がそうだったのだから
私なんてまだまだゴルフを始める身分に無い。

「もう、そんな時代ではない。」「お前、いつの人?」「チェ?」
って言われてもね。すり込まれているのです。
ゴルフ=ブルジョア=プロレタリアートの敵、って。
だからって、今ゴルフをやってる人の事を
「プチブルだ。」「反革命的だ。」なんだって言いたいんじゃ無いからね。
「文革」じゃ有るまいし、だいたいが私は「赤」ではないつもり。
自分でお金出してやってるんだから、大きなお世話だよね。
私の価値観の問題。その辺は誤解しないように。
(と、更なるフォロー。)

第三に「私の父親がゴルフ好きだったから。」

私の父親は土建屋だったので
ゴルフ接待は仕事の内だったのだろうが
休みと言えばゴルフに行っていた。
本人もかなり好きだったのだと思う。
そんなわけで子供の頃休日に父親に遊んでもらった記憶が殆ど無い。
別にその事で寂しい思いをした、とかって言う記憶は無く
自覚は全くないのだけれど
私の深層心理のなかでゴルフは仇みたいな構図が出来上がっているのではなかろうか?
そう、自己分析してみる。

じゃあ、ゴルフを全くやったことが無いのか?食わず嫌いなんじゃ?
っていうとそんな事はない。
ドライバーが気持ちよく打てた時には爽快である。
狙い通りのラインを描いてカップインしたりするとドーパミンが出まくる。
のめり込んでしまう人がいるのもうなづける。
大厚木カントリークラブで数回プレイをしたことがあるが
晴れた日には富士山がよく見えて綺麗だった。
ニュージーランドで友人の父親に誘われてコースを回った事もある。
ニュージーランドでは自分でカート(手で引く奴ね)を引いて
コースをあっちこっちと駆けずり回った。
キャディさんなんか居ない。全部自分でやる。
フィーは自分で払わなかったので判らないけど
多分日本円で2000円とか3000円位だったと思う。
この時は「ちょっと面白いかも。」って思いました。
これならスポーツって言っても良いかな、って。
かなり走り回ったからね。

でも、それでも、やっぱり
自然を楽しみたいのならゴルフじゃ無いんだよなあ。
私の中では。どうしてもピンと来ない。

根っからの貧乏性だから贅沢が出来ないのかね~。


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映画「ハゲタカ」

週末に映画「ハゲタカ」を観てきた。

日本一の自動車会社に中国が買収を仕掛けるという話しだ。

(一部ネタバレあり)

主役は二人のファンドマネージャー。

一人は中国政府の手先となり、企業買収を仕掛けるが、実はその自動車会社を子供の頃から愛している。

もう一人はホワイトナイトを買って出たかつてハゲタカと言われていたファンドマネージャー、だが途中で自動車会社に契約破棄されてしまう。


それぞれ何兆円もの資金を動かし、買収合戦を繰り広げる展開には、すごい世界があるもんだと感心してしまう。


大企業の企業買収なんて、我々中小零細の製造業には関係のないことだが、もし中国が日本一の自動車会社を買収してしまったらどうなるだろうか。

技術は盗まれ、製造現場は日本国内に残らなくなるだろう。

そうなると分かっていても株主は、自己利益のためだけに、高値をつける方に売ってしまう。

ほとんどの投資家は企業を守ろうなんて気持ちは無い、ただのマネーゲームだ。


だが、映画の中で二人のハゲタカは、金儲けだけではないという側面も出ている。
結末の気になるかは、劇場へ。


映画の中には印象深い言葉がたくさん出てきた。

「俺たちは部品なんだよ、文字通り」
「地獄だね日本は。生ぬるい地獄だよ」
「強くならなければ人を殺してしまう。それが資本主義なんだ」
「こんな時代だからこそ、夢や希望を語るリーダーが必要なんです」


行き着くところまで行った資本主義。

ドラマとして観るのもおもしろいが、現実はさらにドラスティックだ。


金じゃない価値が見えればな
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●最近発見した自分の癖

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

最近自分の癖を一つ発見した。

繰り返しの作業をしている時に頭の中でカウントをしている。

頭の中なので端から見ても判らない癖だから
自分が気付かなければ誰にも知られる事のない癖なんだけど
「何で、自分はこんな事するんだ?」って思ったモンで。

「繰り返し作業ならばカウントするじゃん。
     『いち、に、さん、……』って。普通じゃん。」
って思うでしょ?

そうじゃないんですよ。
だって、「いち」から始まらないんです。

例えば「Φ12mmの穴を50個あける時」なんかは

「じゅうに」からカウントが始まったりする。
Φ12だからね。「じゅうに、じゅうさん…。」って。
で最後まで数えるかって~と、そうでもない。
途中で「今、2時48分か。」とか思っちゃうと
次から「よんじゅうきゅう、ごじゅう…。」ってなる。
作業が終わってみると
「なんで『ななじゅうに』なんだ???」とかなってて、自分で驚く。
落語の『どっいしょ』『ときそば』の合わせ技みたいなもんだ。

自分では「数量を確認」している認識はない。
作業前か作業後に数えればいいんだから、いちいち数えない。
だけど、作業中になぜか「カウント」しているんだな。
何の為なんだろう?

「無くて七癖」と言いますが
自分自身の癖ってなかなか気付かないよね。

でも、どして?



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●「ギリギリ」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

「えっ?コレをその納期とその値段で? かなり手を抜いてもギリギリじゃん!」

「それなりのクオリティのモノしかつくれないよ。」

「時間が無いんだから、仕方がないよ。」

とは、言うものの…。

実際にモノを目にする人間の殆どははそんな事情は知る由もない。

「ずいぶんクオリティ低いなぁ。ひで~手抜き仕事。どこ?」
「この程度の会社なんだ。ふ~ん。」

事情を知らなければそんな感想を持つ事だろう。

「短納期の為、クオリティを落として納品しております。」なんて品物に書くわけにもいかない。
ビデオのDLサービスのサンプルじゃ無いんだからね。

品物に張り付いていて、見る人見る人に
「納期が無かったんでこうなっちゃったんですよ。
 本当はもっとクオリティの高い仕事が出来るんですよ。」
といちいち説明する事なんて出来るハズがない。
もし出来たとしてもそんな恥ずかしい事やりたくない。

いったん手元を離れたら、後は品物がすべて語ってしまう。
言い訳が一切出来ないのである。

それどころか注文を出した人間ですら
そんな言葉をあちこちで耳にするに連れ
「あそこはクオリティ低いんだぁ。」なんて
自分の発注が原因なのをコロッと忘れて思い始める。
そのくせ自分に都合の良いところだけは覚えていて
「この間は、この値段でやってくれましたよ。」
な~んて、さも当然のように言い出す。

無茶な注文主はほっといて良い(良かぁ無いか?)としても
自分で納得のいかない品物が色々な人の目にさらされるのが耐えられない。
特に同業者「あそこはこの程度か。」
な~んて思われたら一番の屈辱である。

じゃあ、そうならない為にはどうすれば良いのか?

絶対的に時間が足りないのならば時間を作るしかない。
出来れば不測の事態に備えてマージンも欲しい。
効率をとことん考えてムダな時間を排除。

それでも足りないなら
「プライベートな時間を削る」である。
起きている時間のすべてを仕事にぶっ込む。
それでも足りなきゃ「寝る時間を削る」っきゃない。
中小製造業の皆さんは殆ど経験有りますよね、徹夜仕事
でも寝不足は仕事の精度を下げるので効率的には
いまいちなんだけど…、ま、仕方がない。適当に仮眠をとって。

そうして満足とは言わないまでも
「まあ、及第点かな。」ってなクオリティにまで
なんとか持って行く。そして納品。
よし、これで恥をかかなくて済む。よかった、よかった。

と・こ・ろ・が…

次からそれが当たり前になってしまっている。
「この間は、この納期と値段でやってもらえましたよね?」ってね。

こうして会社には私の生活用品が増えていくのである。
今、会社には寝袋、歯ブラシ、ひげそり、目覚まし時計、買い置きの夜食
箸、茶碗、換えの作業着、靴下、パンツ、Tシャツ、バスタオル、フェイスタオル
レッドブル、電気スタンド、ナイトキャップ用の本、蚊取り線香が有る。
パソコン、テレビ、DVDプレーヤー、冷蔵庫、炊飯器、ガスレンジ、トースター
電子レンジ、電気ポットは既に有るし、自宅には無い自動車まであるではないか。

自宅より快適な環境になるのはそう遠い未来では無いだろう。



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ヒマにしたのはだれだ

GMの破綻がニュースになってから日米とも株価はあげている。

いわゆる悪材料出尽くしだ。

GMはこれからは、オバマ大統領が社長となり、ガバメントモータースと呼ばれるらしい。(笑)

これで最悪の状況は免れたと市場が認めたため、株価は上がっているのだろう。


しかし本当の試練はこれからだ。

米政府が「ハイブリッドの技術を提供せよ」と言って来たら、日本は断れるのだろうか。

環境問題より自国の産業優先で、京都議定書には従わず、いまさらグリーンニューディール政策とか言っている連中に、いいとこ取りされても黙っているのだろうか。


日本の産業は環境にも配慮し、技術を高めてきた。

苦境に立たせられながらも、世界が求めいてるモノづくりをしてきた。


時給7000円とかもらって、世の中に不必要なモノを作り続け、挙げ句の果て破綻したバカ野郎どもへの処方箋はどこから出るのか。


努力は結果を裏切らないものであってほしい。


株価が上がるのは良いことですよ
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●「躾」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

唐突ですが

大リーグボール養成ギブスは「虐待」でしょうか?

世間一般から見れば「虐待」に見えても一徹父ちゃんにとっては立派な「教育」です。
飛雄馬にとっても結果的には「良かった。」と言う判断でしょう。
一流の野球選手にする(なる)という「美意識」がブレなかった結果です。

「身」が「美しい」と書いて「躾」と言う字になります。

では何を「美しい」とするか?「美しい」とはどういう事か?
これは本人の「美意識」に依拠します。
絶対的な基準は有りません。人によりけり、相対的なものです。
「美」という漢字の成り立ちは「ひつじ」が「おおきい」と言う事だそうです。
「羊が肥えて丸々と大きい事」が「美しい事」とイコールの価値観です。
今の自分たちの「美意識」とは大分違っていますが
文字が生まれた頃の「美意識」はそう言ったものだったのでしょう。

じゃあ、「正しい美意識」「正しくない美意識」
と言う区別はあるんでしょうか?

「躾」のなっていないと思われるクソガキがいたとしても
それはそのクソガキの親の「美意識」と私の「美意識」の差から
来る認識の違いであって
親が「ちゃんと躾けている。」と言えば「躾は為されている。」
と見なすべきなのでしょうか?

子供を虐待して捕まった親はこう言います。
「躾であって、虐待ではない。」
それは言い換えると
「これが私の美意識だ。間違っていない。」って事になりそうですが
それでよろしいのでしょうか?

「美意識」が無ければ「躾」は成立し得ないと言っても良いでしょう。
「美意識」の無い「躾」は只の「虐待」です。
「虐待」で子供を傷つける様な人間には「美意識」なんてモノは欠片も無いと思います。
でもこれは私の個人的な「美意識」です。
他人押しつけても良いものでしょうか?

「伝統的に正しいと言われている美意識」と
「全く新しい価値観に基づく美意識」とが
真っ向から対立したら
どちらかが「正しく」てどちらかが「正しくない」と
誰かが判断出来るのでしょうか?
「どちらも正しい」なんて、したり顔で言えば良いんでしょうか?

イギリス人が子供に「正しい箸の使い方」を教えなくても
誰も「躾が出来ていない。」とは言いません。
でも日本人が子供に「正しい箸の使い方」を教えないと
「躾が出来ていない。」と言われます。
イギリス人の生活の中に「箸」は有りませんから当然ですね。
その代わりイギリス人が「テーブルマナー」を心得ていないと
「躾が出来ていない。」と言われそうです。
「躾」という概念に相当する英単語は何と言うのか判りませんが。

<先人が長い時間を掛けて造り上げてきた「伝統」を大切にする事>を「美しい」
とする「美意識」の対象の違いだけですね。
日本人は「箸を(伝統的に正しいと言われる作法で)使う事」を「美しい」と感じていると言う事です。

どこの国でも<「伝統」を守る事は「美しい」事である。>と言う認識は共通していると思います。
殊に民族的な「伝統」に対しては大切(誇り)にしている人が沢山いるでしょう。
ですから、世界では紛争が絶えないとも言えます。
話がかなり飛躍してしまいましたが。
要するに養老先生が言うところの「バカの壁」が出来ているって事です。

親に「躾」られた子供に自我が芽生え
子供本人の中に生まれた「美意識」が親の「美意識」と違っていたら
子供は自分自身の「美意識」に則って自分自身を躾し直すべきである。
時には親の「美意識」を否定する事にもなろうとも。

無批判に親からの「躾」の結果を受け入れたままである、と言う事は
親の「美意識」を自己の「美意識」として受け入れた。
若しくは親の「美意識」に対抗出来るほどの自己の「美意識」を持っていない。
と、言う事でよろしいですか?

子供が箸の使い方がおかしいのは親の責任だが
成人してからもおかしいのは本人の責任である。
「いい大人なんだから、箸ぐらいちゃんと使える様にしなさい。見苦しい。」
と、言うのが私の「美意識」です。



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森永卓郎氏セミナー

Morinaga
いつも大変お世話になっている、(財)神奈川県経営者福祉振興財団 (長いので以降 産業Navi と書く)が主催で、経済アナリスト・獨協大学経済学部教授 森永卓郎 氏のセミナーが7月8日にある。

お題は、
時代の変化「今、企業に求められているものとは!!」
「難しい『経済』を斬るその語り口は解りやすく、明快である。」と評判の森永卓郎氏が、中小企業が明日を生き抜くための経済論を説く!

すでにみなさんご存じだろうが、TVや書籍で有名な森永卓郎氏の経歴は


昭和32年 東京都生まれ。東京大学経済学部経済学科卒業
日本専売公社、日本経済研究センター、経済企画庁総合計画局、三井情報開発総合研究所、(株)UFJ総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株))を経て、現在に至る、専門は労働経済学と計量経済学。その他に、金融、恋愛、オタク系グッズなど、多くの分野で評論を展開している。テレビ朝日「スーパーモーニング」他、テレビ・ラジオで、コメンテーターとして活躍。
主な著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』光文社2003年、『「所得半減」経済学「昭和30年代」に学ぶ幸せ術』徳間書店2004年、『年収崩壊』角川SSC新書2007年、『しあわせの集め方 B級コレクションのススメ』産経新聞出版2008年など多数。

産業Naviでは毎年、著名な講師を呼び、経営セミナーを開催している。
しかもなんと受講料は無料!

昨年は二宮清純氏からスポーツ界における「勝つリーダー、負けるリーダー」を拝聴。
その前は、岡野工業 岡野雅行氏の講演だった。

これで無料なんですからありがたいことです、産業Naviさんには頭が上がりません。


そして現在、産業Navi掲載事業所に限り、先行受付中だ。
(一般受付は6月10日から)

中小企業が生き残るヒントを探しに、是非受講されてはいかがだろうか。



そのあとは『Kanatta!利用者大会』で、みどりかわ@ミナロ vs 永友@産業Navi氏 のトークバトルがあるそうな。

どんな話になるのやら・・・


詳細、申し込みはこちらから
福祉振興財団 経営セミナー


今からワクワクじゃのう~
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●「徘徊ライダー」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

最近、オートバイで遠くに行っていない。


二十代の頃は日本国中あっちこっちと遠出してた。
通過しただけの県も有るけれど沖縄以外の県はすべて走っている。

北海道も九州も数回行ってるし
一度九州に行った時なんかは
神戸からフェリーで別府に早朝上陸
着いたその日に九州3/4周
東沿岸を南下して桜島まで
対岸の鹿児島市に渡り今度は熊本まで北上
熊本市内に一泊した後その翌日には高速道路利用で
横浜の自宅まで給油以外はノンストップで一気に帰宅
なんて事もやっていた。
その時は大阪で新品にしたリアタイヤが
真ん中だけがツルツルになってました。

横浜から八王子まで愛知経由で東名高速~中央高速ルートで行ったりとか
「国道16号一周」とか「国道1号下道走破」「国道20号下道走破」をやったり
その頃は「どこかへ何かを見に行く為に走る」ってより
只ただ「ひたすら走るだけ」が楽しかった。
今でもそれは変わっていないんだけどね
行動範囲が狭くなっただけで。

それが今ではオートバイに乗るのはほぼ通勤だけの毎日。
神奈川県を出る事も滅多になくなった。

金も時間もないので全然遠くに行けない。

遠くに行っていないのに走行距離だけはグングンと伸びて
今の車両は購入後2年半なのに既に5万キロくらい走っちゃっている。

そんなこんなで
最近の休日は近場を「徘徊」するのを楽しみにしている。
エリアを
「今日は三浦半島」
「今日は町田市近辺」
「今日は多摩川の神奈川県がわ」
「今日は国道16号と国道129号と国道246号で囲まれた内側」とか
決めておいてその辺りをウロウロするのである。
観光地や大型商業施設が有るところを避けて
なるべく何もない所を選ぶ。
乗用車が入ってこないような細い道に入り込んだり
地元の人しか利用しないであろう住宅街の中の道を走ったり。
目的もなく「徘徊」するのである。

時には、知り合いやお客さんの住所を大体覚えておいて捜したりもする。
ここで大切なのは住所を「しっかりとは確認しておかない」事。
確認は○○町×丁目くらいまでにしておくのである。
自分の記憶と勘だけを頼りに辺りを捜索するのである。
勿論、訪問が目的ではないので発見したとしても素通り
もし、あなたの会社や自宅近辺をウロウロしている不審なオートバイがいたら
それは捜索中の私かも知れません。

さて次の休みは何処へ行こうかな?



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●「嫌いなものは何ですか?」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

芸能人のインタビューとかで

「好きなモノは何ですか?」ってよくあるけど。

「嫌いなモノ」を聞いた方が

人となりがより良く判るんじゃないだろか?

以前何かで読んだんだが

某インタビュアーが言うには
「相手を怒らせると本音が見える。」って話だ。

激怒させてインタビュー中止になってしまっては元も子もないが
相手の「怒り」の感情をちょいと刺激すると
「感情優先モード」になり理性で抑えられていた本音が
ひょこっと顔を出す。って事なんだそうだ。
結果、面白い記事が書けると。

「好きなモノ」を聞いても差し障りのない返事しか期待できない
優等生的な、はっきり言ってつまらない返事しか返ってこない。
相手が「理性優先モード」のままであるからだ。

まあ、余程「好きなモノ」があれば
それだけで「感情優先モード」に切り替わるかも知れない。
共通の趣味があるってだけで急に打ち解けた仲になれるのは
「共感」がモードの切り替えスイッチになっているって事だ。
でも、初対面の人間にいきなり本音を話し始める程に
無警戒な人間はそうはいないだろう。
なかなか本音を見せないのが人間だ。

そこで、あえて「嫌いなモノ」を聞いてみる。
「嫌悪」、即ち本人にとってネガティブな感情を刺激するのだ。
聞かれた方は答える為に頭の中で様々な「嫌なモノ」を思い出そうとする。
「嫌悪」の感情が呼び水になり「怒り」や「悲しみ」などの
ネガティブな感情が喚起される。
また、予期していなかった事を聞かれた為の混乱も同時に生じるだろう。
その刺激が「感情優先モード」のスイッチを入れる事になる。
一度スイッチが入ってしまうと本音が出やすくなる。
って事だ。


「あなたの嫌いなモノは何ですか?」

「私ですか?う~む。イッパイ有り過ぎて…。」



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●「空気が読めない奴」発見!

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

ちょっと前の事になりますが
(って言うのもこの記事がアップされるのが
  書いている時点よりかなり後になると思うので。)

テレビで「空気が読めない奴」を見掛けました。

「草彅剛逮捕」の騒動の時に全く空気が読めていない発言をした人物。
そう、鳩山邦夫総務大臣の事です。

地デジのキャンペーンに影響が有ったので頭に来てたってのも
判らないでもないけどさ
そもそも地上波のデジタル化なんてのは本当に国民の為になるの?
一部の利権の為のものではないの?ってな疑問もあるにはあるので
別の理由で怒ってるんじゃないの?とも思うけどね。

『酔っぱらって騒いだぐらいで大騒動になってしまうなんて芸能人って大変だね。』

ってな草彅氏に対する同情が
世間一般的な見方になるだろうってのがまるで読めていない。

マスコミが騒いでいるので
「ここは厳しい態度を見せておいた方が大臣ぽくって、世間受けするだろう。」
くらいの、浅はかな読みで
つい調子に乗って「最低の人間だ」なんて
草彅氏の人格まで否定するような発言をしてしまい
翌日には撤回する始末。ん~とにアホだよね。

事件が薬物や傷害ならまだしも、只の「酔っぱらい」だからねぇ。
「そこまで言うか!」って批判されるのが判らなかったのかね。
まあ、判らないから発言したんだろうが。
日本人は「判官贔屓」が好きな国民なんだよ。
さらに、「酔っぱらいには寛容」な国民なんだよ。

個人的には、わたしゃ、酒が全く飲めないんで
酔っぱらいの気持ちが理解出来ない。
なもんで「酒の上での過ち」と簡単に許してしまう風潮には
「酔っぱらいに対して寛容すぎるんじゃね?」と感じているんだけどね。
「酔っぱらいに人権は必要無い」ってくらいに
酔って他人に迷惑を掛ける様な奴は許せないと思っている。
殊に交通事故を起こして人様をあやめる様な奴はこの世に必要ない。
死ぬまで塀の中にいて欲しいと思う。
自分の意志で飲み始めたんだったら
酔って記憶がなくなったとしても責任は有ると思う。
「自分を酔わせた責任」ってのが。

だけど、そんな私だって、今回の件に関していえば
「別に、そこまで大騒ぎする程の事じゃないじゃん。」と考える。
そりゃあ、一緒にいて世話をさせられたら「かなり迷惑な奴」かも知れないけど
人格まで否定するほど不寛容ではないし、世の中の受け取り方も想像出来る。
「人間なんだから、少しくらいは羽目を外してもいいんじゃないの。」って。

それをあのアホKY大臣は…。

こんな空気が読めないアホに大臣なんて任せておいて大丈夫?
庶民の心情を理解できない様な奴が
庶民の為の政治なんて出来ると思います?
「世襲議員」なんてのは生まれた時から既に
庶民の感覚とはズレてるんだからさ。
「何の為」に政治家になったんでしょうね?この人は。
政治家の家に生まれちゃったんで
政治家ぐらいしか出来る仕事が無かったから、なんでしょか?



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初体験

今年のGWはあることの初体験をした。

ミナロビルの三階より要請があって、愛知県まで出張だった。

しかしそこには風呂が無く、近所の健康ランドのようなところへと行ってきた。


最初は「風呂入るのに出かけるのか~、めんどくさいなぁ~」とイヤイヤだったのだが、そこは巨大な建物で映画館やボーリング場、外食屋もマン喫もある。

そして風呂には『韓国垢すり』なるサービスがあった。

早く帰っても暇だし、垢すりってやった事ないし、やってみっか~ と言うことで『韓国垢すり』に初チャレンジ!


【以降、想像するとキモイから注意】


でもね、風呂場から直接垢すり場へ行くのだけど、もちろんすっぽんぽん。

垢すりをやってくれるのは韓国の女性だし、うつぶせの時ははまだ良いけど、仰向けでついでに天高くそびえちゃったらどうすんの?

と心配してたら、ちっちゃい紙パンツを履かされました。 後ろはヒモだけど・・・


そしていよいよ垢すり開始。

最初の30分で垢だしまくり。

初体験だからか、出るわ出るわ。 

30分経って、「まだ出るアルよ、来週も来ると良いアルね」と韓国のお姉さん。

そう簡単に通える距離じゃないんですけど・・・


今回は60分のコースを頼んだので、垢すりのあとはオイルマッサージ。

これまた、コリコリの体に効く効く、思わず声出ちゃいます。

すると「うるさいアルね~、硬くて手が疲れたアルよ」と韓国のお姉さんに笑いながら怒られた。


しかも「時間足りないアルね、延長するアルよ」と、半ば強制で延長戦。

気持ちいいから良いんですけどね・・・


マグロの気持ちが少し理解できた。


ちなみに韓国のお姉さんは中国人ではないので「アルよ」と言いません。
そこだけフィクションです。


で、『韓国垢すり』を初めてやってみた感想は、垢すりは思ったほど痛くない、マッサージの方がよっほど痛かった。 でもイタキモってやつ。

そして垢すりとオイルのおかげで肌はツルスベ。

体が疲れたときにまたイキたいアルね~。


あ、イッてませんから
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●「父親を殺して母親を犯せ!」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

「何を過激な事をっ!」

と思った人もいるでしょう。

判る人には判ると思いますが

そうです。今日の記事は

かのフロイトの言う「エディプスコンプレックス」について(?)です。

「人間」を理解するには「人間を超えた存在」になって
外から人間を見ないことには完全に理解する事は出来ない、と
内側に居たままでは外側から見た姿を見られるわけがない、と
それが人間の限界だ、と
そう思っている私なので
私はフロイトの説が絶対だなんて事は思っていないのですが
それでもやはり彼の洞察力は鋭いなあ、と
やるじゃんフロイトくん、と感心するわけであります。(なに様?)

ギリシア悲劇の『オイディプス王』(おいおい、エディプスじゃね~じゃん。)
に因んで男子の自我の発達段階を例えた説だから
実際に父親に殺意を抱き、母親に欲情する、って訳じゃ無い。
精神的にその様な過程を経て自我を確立して大人になる、って話ですから。
言葉通りに受け止めて無茶したりしないように。(誰に言ってる?)

女子には「エレクトラコンプレックス」ってのが有るらしいが
私は男子なので良く判りません。

で、私はここから話を何処へ持って行こうとしているのか?

私の興味はですね
「性同一性障害」の人っているでしょ?
そういった人達と上記の「~コンプレックス」との関係です。
「エディプスコンプレックス」の時期を乗り越えて
男子(付いてる方)は成人男性になる。
「エレクトラコンプレックス」の時期を乗り越えて
女子(付いていない方)は成人女性になる。
んじゃ、
本人としては付いているはずのモノが付いていない
本人にとしては付いていないはずのモノが付いている人達って??
フロイトくんだったらその辺の事はどう考えるんだろう?
疑問???がいっぱいです。

「身体」と「心」の乖離どの段階で始まったのか?
それがいかなる理由に因るものなのか?
生後の発達段階で何処か間違えてしまったのか?
上記の「~コンプレックス」を克服出来なかったが故に
間違った(「セックス」とは逆の)「ジェンダー」を獲得してしまったからなのか?

それとも誕生以前、発生の段階で既に決定済みだったのか?
胎内での発育段階(受精も?)では母体の「ホルモン」が胎児に色々と影響するらしい
母親の体調や精神状態が「ホルモン」の分泌に影響し
それが「人間」を作る作業に反映されるんだとか。
「母親が妊娠中にこうだと、こんな子供になる。」みたいな話って
聞いたことない?そういう事ね。本当かどうかは知らないが。
で、「身体」と「心」(この場合脳の構造なのかな?)が
ちぐはぐに作られてしまったからなのか?

さらにその前の♂側のY染色体そのものに何か要因があるのか?

とまあ、答えが出ない(見つけられない)のが判っていながらも
(内側にいますからねぇ。)
??なんで????が次々と沸いてくるんですよ。
はるな○とか○姫○菜とかをテレビで見るたびに。
人間って??????????????

あ、断っておきますけれど
私「性同一性障害」の人達とかに対してなんの
「偏見」とか持っていませんよ。「個性」だと思っています。


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●「美味しいですか?」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

特に親しいと言うわけでもない間柄の男女。

とある事情で、二人きりで部屋の中にいる。

女性の方はスパゲティを食べている。

それを見ている男は沈黙に耐えられないのか

「美味しいですか?」と女性に尋ねる。

訊かれた女性の返事は…。

「それを訊いてどうすんの?」
「『美味しくない』って言ったら、美味しくしてくれるわけ?」
「そういう能力有るわけ?」
「同じ場所にいるからってさー、常にコミュニケーション取ってなきゃ
 いけないって事も無いと思うんだけど…。」

まあ、この説明だけでは
シチュエーションがいまいち判りにくいかも知れないが
男性は気の弱そうな二十代後半
女性はちょい(?)エキセントリックな性格。歳は同じ位か。
互いに仕方なく同じ部屋にいる状況なのだが。
あなたはこの女性の対応をどう思うだろうか?
「イヤな女」と思うだろうか?
確かに常識的な人間なら思った事をあからさまに言ったりはしないだろうから
非常識と言えば非常識なのだが
言ってることは非常に真っ当な事だと私には思える。
彼女はキチンと自分の考えを相手に伝えている分だけ親切とも言える。
イラついてるから怒りをぶつけたとも言えるけどね。
それさえ面倒なら
「別に…。」の一言で切り捨てても良かろう。
(別に…、で切り捨てられない事情もあるんだけれど。それはおいといて)

その男性はなぜ
彼女をイラつかせるのであろうか?

仮に、彼女の返事が「別に…。」だったとしたら
その男性はこう思うだろう
「彼女は<理由は判らないけれども>今は機嫌が悪いんだ。」と。

彼女を不機嫌にさせているのが自分自身である事に気付かない。
「美味しいですか?」などと言った自分の「鈍さ」に思いが至らない。
その「鈍さ」こそが彼女の不機嫌の理由なのに、である。
自分の「鈍さ」に気がつかない「鈍さ」
ますます彼女をイラつかせる。

彼女の怒りの本当の理由は
「その男性が<自分以外の人間に関心がない人間>である」という事。

彼女に関心があるわけでもなく
ましてや、スパゲッティに関心があるわけでもない。
ただ、「何かしゃべらないと」「コミュニケーションを取らないと」
という自己の強迫観念だけで、何でも良いから声を掛ける
本当に「どうでも良い事」を口にする。
「ええ、まあ。」とでも返事が貰えればそれで満足。
彼女が美味しいと思っていようが美味しくないと思っていようが関係無い。
その事には関心が無い
自分が「コミュニケーションが取れた。」と納得できればそれで良い。
元々「会話を広げよう」なんてつもりもない。
だた自分が楽になりたいだけなんだから。
本当にスパゲッティに興味が有るのなら
「美味しいですか?」って訊くかも知れないけれどね。
この場合はそうじゃない。
そんなコミュニケーション能力の欠落した人間がそばにいる事に
(一緒にいなきゃいけない事に)彼女はイラついているのだ。

私はこの男性の様な人物をヲタク(-)と呼ぶ事にしている。
その人物の趣味嗜好は関係無い。
人格の問題である。
これが私の中のヲタク(-)の定義である。
オタク(+)ヲタク(-)
私の中では明確に分かれている。

私は
美少女フィギュアが大好きだろうと
電車にハマっていようと
ネットゲームに入れ込んでいようと
モー娘。の大ファンだろうと
イタ車の改造に全収入を掛けようと
人に言えない性癖を持っていようと
それだけで「気持ち悪い奴」とか「嫌な奴」とか思ったことは無い。
趣味は人それぞれ。とやかく言う気は無い。
いやむしろそれだけ入れ込んでいるのを見ると敬意さえ抱く。
自分自身がそれを好きか嫌いかはまた別だけどね。
基本的にオタク(+)万歳!である。

ヲタク(-)的傾向とオタク(+)には
相関関係が有りそうなので
オタク(+)の中にヲタク(-)が多いのも事実だろうと思う。
そもそも「おたく」って言葉自体がそのあたりから
生まれてるんだろうからね。

そんな私は、オタク(+)は好きだが、ヲタク(-)は大嫌いである。

上記の男女の下りを読み、私の説明を読んで
別に「全くその通り!」とか思ってくれなくても良いから
「何となく、言ってる事は判る。」って人はどれ位いるかな?
感性も人それぞれだからね。違ってても良いんだけれど。

もし、「全く理解できない。これっぽっちも判らない。」って言う人。
いたら私には決して近づかないで下さい。
あなたはヲタク(-)ですから。


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花見

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もう一週間経ってしまった・・・

毎年この場所に地域のグループで、100人くらい集まる。

大企業の団体も来れば零細企業の社長も来る、銀行だって2行も来る。

ここでのみどりかわ的な楽しみは、若手金融マンに説教たれる事だったりする。(笑

今年はそんなに寒くもなく、楽しいひとときだった。


ここのところ忙しいんだか暇なんだかよくわからない状態が続いている。
暇で忙しいという表現が流行りらしいが、それだ。


花見の後の二次会三次会で行った呑み屋は混んでいたし、サラリーマンの財布はそんなに痛んでいない。

北のミサイルが無事飛んでくれたおかげで、有事は避けられたし。

危機と言いながらも、日本はまだまだ幸せな国だって。


呑み行くべ~
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●「ワイガヤ」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

企画の初期段階で

皆で集まり、「ワイワイ、ガヤガヤ」と意見交換を

する事を「ワイガヤ」と言うそうだ。

元々は誰が言い出したのかは知らないが
自分が初めて耳にしたのは学生の頃
HONDAの研究所のデザイナーからである。
クリエイティブな仕事をする上では
とても重要なプロセスだと言っていた。

言うなれば「ブレイン=ストーミング」なのであろうが
ニュアンスとしてはもっと砕けた感じだろう。
話があちらへ行き、こちらへ行き
時にはテーマからかなり外れた方へ行ってみたり。
文字通り「ワイワイ、ガヤガヤ」って感じでアイデアを語る。

そんな「ワイガヤ」の時に混ざっていると困るのが
「真面目なだけが取り柄」の様な堅物。
会話に参加してこないで「遠巻きに見ているだけ」の人間。
まあ、元々そんな人物はデザイナーとかの
クリエイティブ職には少ないのだろうが
何かの拍子に紛れ込むと場が白けてしまう事がある。

テーマから外れたところで会話が盛り上がっていると
「テーマから外れている。」と無理矢理に軌道修正を試みる。
突拍子もないアイデアには
「そんなの非現実的だ。」と理論的に反論を始めだす。
確かに真っ当な意見ではあるし、間違ってはいない
どこかで軌道修正が必要な時もあるでしょう。
でも、そんな人物に限ってKYなものだから
絶妙のタイミングで一気に場の「テンション」を下げてしまう。

「ワイガヤ」ではテーマも大切(当たり前だし、全員自覚しているのが前提)だが
同じくらいに「会話が盛り上がる」事が大切なのである。
場の「テンション」が上がり会話を弾ませる事により
会話の中からアイデアの種が生まれるのだ。
会話している当人達も
「テーマからちょっと外れているなぁ。」
「自分、無茶言ってるなぁ。」くらいの事は自覚している。
ただ、その事よりも場の「テンション」を保つ事の方が大切なのを知っているのである。
当然会話に参加しない人間も、居るだけで場のテンションを下げてしまう。

アイデアが生まれやすい脳の状態を作るのが「ワイガヤ」の本質なのである。

そこに「コミュニケーション能力不全」の人物
即ちKYが混ざると場の空気を台無しにしてしまうのである。
せっかく活性化してきた脳が一気に沈静化してしまう。

KYを「敢えて、空気を読まない」とか言って開き直っているKYをたまに見掛けるが
「敢えて」読まない人物は、前提として空気が「読めている」からこそ
読まない」振る舞いが出来るのであって
初めから「読めない」んじゃ、「敢えて」も何もないだろが。
それこそ正に「空気が読めない」奴の本領発揮である。

ただ、KYが良い刺激になって新しいヒントが生まれることも
あったりするから面白いんだよね。
「異物が混ざる」事が必ずしも悪い事ではないってのがね。
合金だって「異物」を混ぜたから出来たんだもんね。

やっぱ、一番大切なのは「自分の心構え」なのかな。
「他人の影響を受ける自分」が良い方へ転ぶか、悪い方へ転ぶか?って事が。



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●「狡兎死して良狗烹らる」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

以前の『三国志』につづき

『劉邦と項羽』(なぜか『項羽と劉邦』ではない)

をGyaoで見終わった。(こちらは全三十五話)


項羽を討ち、天下を取った劉邦だが
漢王朝を永らえる為には今までと違った方向での
才能が必要になる。
出来上がった組織を維持する能力っての?
劉邦亡き後までを視野に入れての戦略立案をしなければならない。
皇帝になったらそれで「あがり」と言うわけにはいかないのだ。

共に戦った将軍達ではあるが
戦争のない世の中では必要のない存在、と言うよりむしろ邪魔。
お互いに疑心暗鬼になり
主立った将軍達は次々と粛清される。

ここで活躍したのが呂皇后。
漢王朝を脅かしそうな奴は情け容赦なく粛清。
いくさでは負け知らずの韓信もあえなく殺されてしまう。
邪魔者は片っ端から殺しまくる。煮物にまでしてます。

劉邦は皇帝に即位したら腑抜けてしまい
側室に入れあげちまう始末。
側室の子を跡継ぎにしようとさえする。
「秦の二の舞」と周りは諫めるのだが。
目先の事しか見えなくなっちゃっているんだな、女で。
ま、結局は劉邦が死んでしまうので
その後暫くは呂皇后の天下が続くのだが。

「中国の三大悪女」の一人に数えられる呂皇后だが
彼女が居なければ漢王朝はそう長くは続かなかったんじゃないかな。
中身は色々とあるけれど(殺したり殺されたり、取ったり取られたり)
歴史的に見れば漢王朝は安定していたわけだし
平民からしてみれば大きな戦争がない世の中だった。

項羽を倒すまでは武器を持って戦う男達が主役だったが
その後はどちらかというといろんな意味で女が主役。
壊したり造り上げたりするのが「男性的論理」で
出来上がったモノを維持するのが「女性的論理」ってところかね。
なんだか「両界曼荼羅」の「金剛界」「胎蔵界」に通じるところが
あると思います。

呂皇后は女性だったからこそ
良くも悪くも歴史に名を残したんだろうな。
もしも男だったら、項羽とキャラがかぶりそうだもんね。
女性だからこそ生きたキャラだったんでしょうな。
呂皇后のエピソードを聞くと「おんなってこわっ!」って
思っちゃうよね。
ある意味「メスの強さ」なんだろうけど。
オスは敵いませんな、メスには。

そんな中でも上手く立ち回ったのは張良。
とっとと隠居を決め込んでしまい
余計なことにはなるべく関わらない。
流石です。
劉邦が天下を取る前から見えていたんでしょうな、その後が。
そして、おんなの怖さも。


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韓国のチェ

韓国のチェ氏からメールをもらった。

(ゲバラとは違い、ものごし柔らかいチェではあるが)


いつもお世話になります。

ご無沙汰しております。

サクセスのチェです。

昨日のWBCの2連覇おめでとうございます。

アジアの野球がここまで成長してきて、

WBCの決勝で日本と韓国と対戦ができたということで、

こちらも騒いでおります。

今回のWBCで見せ付けたアジアの実力で

世間からアジアの野球を見直してもらえるきっかけになったと思われます。

(日本はWBCの優勝、韓国はオリンピックの優勝。)

これからもお仕事の面でもスポーツの面でも日本と韓国と

お互いに助け合いながら成長して行く事を心から願っております。

苦しい時期ですが、野球で一度笑えることができました。

また、よろしくお願いいたします。


↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
*************************************************
(株) サクセス チェ

(411-380)韓國京畿道高陽市一山區?項洞864-2
METROPOLIS 901號

http://www.2success.co.kr/
*************************************************


韓国は日本よりも貿易だよりの経済だ、ウォン安で原材料が高騰し、輸出先には金融危機の不況で買ってもらえない・・・

(株)サクセスも埼玉出張所を閉めたと聞いた。

がんばっている人々を応援したくなるのに国境は関係ないだろう、ましてや同じアジア圏、隣国だ。
WBCで見せてくれた感動を、モノづくりの世界でも起こしたい。


がんばれ韓国! がんばれ日本!
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●記憶は遺伝するのか?

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

DNAに刻み込まれた、遙かな記憶」なんてフレーズを

耳にする事があるのだが

果たして後天的な学習の結果である「記憶」が

DNAを通して親から子へ伝わるなんて事があるのだろうか?

DNAに「記憶」を書き込む部分が存在するのか否か?と言う事なんだが。

もしDNAに個体の記憶を書き込む部分があるとしたら
そしてそれが子供に遺伝するとしたら
色々な経験を積んだ親の子ほど
ポテンシャルが高いと言うことになりはしないだろうか?
親が若いときの子供より
年を重ねた後の子供の方が優秀なのだろうか?
若くても経験が豊かな親の子供の方が
経験の少ない親の子供より優秀なのだろうか?
何を以て優秀と言うかは難しいのだが
まあ、「生物として優秀」とでも言えばいいのか。

以前「扁桃体」の壊れたサルの事を書いたが
サルの脳(扁桃体)には生まれながらに
ヘビ(のようなモノ)を怖がる部分があって
誰に教えられなくても
ヘビを恐れる様に出来ているらしい。
自己防衛本能の一部に組み込まれているらしいのだ。

じゃあ、「ヘビを天敵と認識する事」は
持って生まれた資質=本能であると言う事になるとすると。
何時、どうやって本能に組み込まれたのか?
偶然「ヘビを恐れる資質」を持ったサルが生まれ
自然淘汰の中で生き残ったからなのか?
それとも
仲間がヘビに噛まれ死んだのを目撃した記憶がDNAに書き込まれたからなのか?

「アホウドリ」の脳には
「人間を天敵として認識する」項目が入って無かったので
無警戒のまま人間に捕獲されまくり、危うく絶滅するところだった。
簡単に捕まるから「アホウドリ」と名付けられたくらいだもの。
絶滅しかかったくせに「アホウドリ」は未だに「アホウ」である。
先日TVで見たが未だに人間に対する警戒心は無いらしい。
人間が近寄っても全く逃げるそぶりも見せない。
愛すべき「アホウ」である。
野生動物の中でも人間に対しての
警戒心を持つ種と持たない種があるようだが
その違いは何なのだろう?

そんなこんなで気付いたことがある。

「日本のスズメは人に対する警戒心が強い」

何処の国へ行っても公園などにはハトやスズメがいて
人からエサをもらっている。(自分の知る限り)
奴らの主食はパンやポップコーン、ビスケットなどである。
ベンチに座ってランチなんぞをしているといつの間にか
「人だかり」ならぬ「トリだかり」出来ている。
ローマでもパリでもスズメ(日本のとどう違うのか判らないがスズメに違い無いだろう)
がやって来るのだが
奴らは手から直接パンを食べる。
手の上に乗ってくる奴まで居いる。あまり警戒していないみたいだ。
ニュージーランドのスズメも手から直接パンを食べていた。

日本ではハトは結構図々しい奴が居ても
スズメはいないんじゃないか?
結構近くまでは来ても
手から直接食べる様な奴は見たことがない。

そう、日本は稲作の国なのでスズメは人間の敵なのである。
って事はスズメにとっても人間は敵なのだ。長い因縁がある。
だから日本のスズメは人間に対する警戒心が強い、と考えることが出来る。
もしかしたら日本のスズメのDNAには
「人間は敵」という項目が書き込まれているのだろうか?
都会のスズメは最早、稲作とはあまり関係が無くなっている。
それでもなお、人間に対する警戒心が残っているとすれば
それは「人間は恐い」という何代にもわたる記憶が
遺伝している事の証明になるのでは?

イタリアやフランス、ニュージーランドは農業国であっても
稲作は殆ど行われていない。
だから、人間とスズメの関係は良好なのである。
敵対関係が初めから存在していないかった。
よってスズメに警戒心が無いのではなかろうか?

ここでひとつの仮説が立てられる。

「稲作の国のスズメは人間に対する警戒心が強い。」

と同時にこの仮説が立証されると
「記憶は遺伝する」という仮説が立証出来る可能性が見えてくる。

ちょっと誰か
世界中の「稲作の国」を回って
スズメの警戒心を見てきてくれ!


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●「自分」にいいきかす

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

「ブログの記事って、(ミナロの)社長に向けて書いているんですか?
みたいな事を幾人かの人から続けて訊かれた。


もう、ずいぶんといろいろな事を書いてきたので
記憶力の乏しい私にはどの記事の事を言っているのか
さっぱり判らないのですが…。????。

基本的に
私の記事は自分自身に向けて書いております。

世間や誰かさんに向けて書いている体をとっているけれどそれは、多少は読んでいる人のことを意識しているからであって(だってブログですからね。でなければ自分の日記帳に書きますわな。)
あくまで基本は自分に向けてです。
正直、それほど読んでいる人の事を意識していません。
誰かに何かを伝えたいなんて気持ちはあんまりありません。
「なんか、ほざいてるよ。」みたいに思ってサラッと読み飛ばしてもらっていいと思っています。
その方が、私としても気が楽です。
元々自分が開設したブログじゃ無いしね。(植木等的)無責任なんです。
文句を言うだけなら誰でも出来るんです。
記事を書いているのは確かに私ですがアップするかしないかは社長次第だし。

記事のきっかけになる様な出来事や人物はあるにはあるけれど「誰か特定の人物に向けて」って事は無いつもりです。
あくまで、一般論。
「こういう人って世の中にいるよね。」
「自分も気をつけないとね。」
「人のふり見て、我がふり直せだよね。」
「みんなはどう思っているのかな。」
み・た・い・な・事を書いているだけです。

以前にも書いたけど
記事は時間が有る時に一気に7~8回分を書き溜めしています。
PCに向かって好き勝手書いているときには
もう、読んでいる人の事なんかは考えていません。
その時の自分の思うことを整理して文章化するだけ、みたいになってます。
文語調、口語調などの文体の統一感があるかとか、誤字脱字は無いかとか。
小論文の習作みたいにしか意識していませんのよ。


大体が書かれている内容が正しいなんて保証はありません。
私は大嘘つきかも知れないんですよ。
そんなに簡単に他人に影響されてもいいんですか?

読んだ人の側に何か心当たりがあったりしたとしてもそれは、気のせいです。偶然です。
あなたの感性の問題です。深読みし過ぎです。
あなたの無意識がそう思いたいだけです。
私の意図するところではありません。

「耳にいたい記事」と評して下さった方がいらっしゃいましたが
そう感じていただけるのは、その方が自分を省みる事の出来る方だって事です。
あくまで主体は読んでいる人の方です。
何かを感じて頂けたのなら
それはその人に感じる用意が出来ていたって事なんです。
読む人が読めばたとえどんなにくだらない記事でも自分の糧に出来るんです。
「くだらない」ってことが判るだけでもプラスなんです。きっと。
私の記事はその程度のものでいいんです。


ん~~~~~~~~。
はてさて?いったいどの記事の事を言っていたんだろう?
なんか、やばいこと書いてました?私ったら。



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●「ドラマー」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

「ギター」を演奏する人=「ギタリスト」

「ドラム」を演奏する人=「ドラマー」

「ベース」を演奏する人   =「ベーシスト」

「ドラム」を演奏する人   =「ドラマー」

「ピアノ」を演奏する人   =「ピアニスト」

「ドラム」を演奏する人   =「ドラマー」

「チェロ」を演奏する人   =「チェリスト」

「ドラム」を演奏する人   =「ドラマー」

「バイオリン」を演奏する人 =「バイオリニスト」

「ドラム」を演奏する人   =「ドラマー」

「オルガン」を演奏する人  =「オルガニスト」

「ドラム」を演奏する人   =「ドラマー」


なぜ? 「ドラミスト」 と言わない??



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●「えらい人」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

とある街の、とある会社、従業員は二十名ほどを数え

自動車用品の販売等をする店舗を経営している。

その会社の専務の父親が亡くなった。

その葬儀の手伝いをする為に何人かの従業員(その専務の子分)が駆り出される事になり
人手不足で店舗の営業が出来なくなってしまうので通常よりも早く店じまいをする事になった。

そして会社の取引業者には一斉に「葬儀のご案内」がFAX、メールで出された。

まあ、ありがちな風景と言ってしまえばそうなのだが。

ちょっと待った。

その専務の父親って
その会社の役員とか出資者とか何かその会社と関係あるの?

答えは「No」。その会社とは全く関係がない
関係と言えば「息子が専務取締役をしている。」という一点だけ。
会社の人間は誰も会ったことはない。
当然、取引業者なんかは会うわけがない。
だって、全く関係無いんだもん。

会社に全く関係のない人物の葬儀のために店を早じまいするのってどうなの?
個人商店じゃ無いんだよ。

会社に全く関係のない人物の葬儀の案内を会社の取引業者に出すってどういう事?
業務連絡?じゃあ無いよね?

その専務の一の子分にそのあたりを訊いてみた。

返ってきた答え。

「だって、会社のえらい人の家族が亡くなったんだから当たり前じゃないの。」

本当にえらい人
「俺の個人的な事情だから、人手は自分で何とかする。
      仕事を休んで申し訳ないが、店はいつも通りやってくれ。」
「個人的にも仲の良い業者には自分から連絡を入れるから
              連絡先をピックアップしておいてくれ。」
って言うんだよ。公私をきっちりと分ける事が出来るのがえらい人

それでもなお、社員が手伝いたいって言ったらば甘んじて受けるべき。
「火事と葬式は別」だからね、昔から。
でも、「業務連絡」は無しだよなぁ。
そんなメール受け取ったら、「だから何?香典の催促?」って、私なら思うな。
全然知らない人なんだもん。恥さらしもいいとこ。
その専務の父親が名義だけでも役員になっているってなら話は別だけどね。


今回の件は
えらい人が自分で指示したのか
えらい人の取り巻きが気を利かしたつもりだったのか判らないんだけど。
まあ、どっちもどっちだわな。
「この親(分)にして、この子(分)あり」って感じだよね。

因みにそこの社長さん、普段から
「家族的な会社」を目指しているって言ってました。


私の考えは間違ってますか?薄情ですか?
教えて、えらい人



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おおた工業フェア

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本日より三日間、大田区産業プラザで『おおた工業フェア』が開かれている。

先日完成したミナロ製等身大ナッちゃんも出張し、職人魂のブースで三日間看板娘として居る。

最終日にはたなかじゅんさんの特別講演があるので、聞きに行こうと思っている。


今回も当日に単行本を買うとたなかじゅんさんのサインがもらえるので、まだナッちゃんを読んでいない方は是非寄ってみてください。

会場の詳細はこちら
第13回おおた工業フェア


ナッちゃん、次はどこに呼ばれるかな
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打上だったはず

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先週末の打上?の様子。
またまた大勢来て頂きました。

♪ハッピィバ~スデェ~と熱唱のMr.T.改め、はむちゃん。


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たかお@ミナロが、子供の誕生日に等身大ナッちゃんフィギア製作で残業だったため、ミナロでケーキを用意しました。

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波動拳を撃つitoさん。
ochiさんの一気飲み。
鳩の自慢げな寝顔。

でもこのメンバー、なんの打上だったんだっけ?

楽しかったから、まいっか。


次は花見か?
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●「具体的」「抽象的」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

「話が抽象的過ぎるんだよ。」

「もっと、具体的に言ってもらわないと判らないよ。」

~~
より「抽象的」な事を「抽象度が高い」と表現する。
よって「具体的」な事は「抽象度が低い」と表現される。

例えば「犬」という言葉を取り上げてみましょう。

より「具体的な犬」とは、どういったことか?
いま、目の前にいる「犬」が最も「具体的」である。
言い換えると「抽象度が低い犬」である。

より、判りやすくするなら
あなたがペットとして飼っている犬、「ポチ」である。
「ポチ」があなたにとって最も「抽象度が低い犬」になる。
そして「ポチ」が「柴犬」なら
「柴犬」が「ポチ」よりも「抽象度が高い犬」になる。
さらに「柴犬」「ポメラニアン」「シェパード」「ブルドッグ」…etc.
あなたが知っている犬種すべてが
より「抽象度が高い犬」という事になる。

逆に「具体的」という側面から説明するとこうなる。
「犬がいました。」
『もっと具体的に。』
「柴犬がいました。」
『もっと具体的に。』
「ウチのペットの「ポチ」がいました。」
判るでしょ、「ポチ」が一番「具体的」だって事が。

そして最も「抽象度が高い犬」は
<「これこれこういった動物」を我々は「犬」と呼ぶ。>
いままで見たことも聞いたことも無い全く新しい犬種が登場しても
それを「犬」として認識出来るのであればそれは「犬」に他ならない。
即ち、<自分が「犬」として認識出来る動物>の事である。
まあ、<「犬」という「概念」>になると言えば良いんでしょうか。。

しかし「抽象度」はここが「ゴール」では無いんです。
「概念」だけの話になってしまうと
<「犬」という言葉が表すもの>にまで「抽象度」が上がってしまい
動物の「犬」だけでなく「スパイ」を意味したりする事にもなるのです。
まあ、話が際限なくややこしくなるので(動物)って事で止めておきますが。

で、我々が「犬」(動物限定)について語る必要が生じた時に
お互いが、同じ「抽象度」で「犬」を語らないと
会話が成立しなくなる事(話が通じない)が出てくるんです。

極端なたとえ話になるけど
私が「ポチ」以外の「犬」を、その存在すら全く知らないとしよう。
私の中では (「犬」=「ポチ」) である。
「ポチ」が私の知っている「犬」のすべてを表しているとする。
私の中でいくら、犬の「抽象度」を上げても
「ポチ」以外は知らないのだから
そこが私の「抽象度の高さ」の限界になる。

そんな私と『普通に「犬」を知っているあなた』が
「犬」について話をしたとしよう。

『(猟犬や牧羊犬などの)犬ってさあ、人の役に立つよね?』
「(ポチは留守番をしてくれるので)そうだね。」
『でも、(野良)犬ってちょっと怖いよね。』
「(ポチはとてもおとなしいので)そうかな?」
『だって、犬(科の動物)って群れで狩りをする習性があるみたいじゃない。』
「(群れ?ポチがいっぱい???)どういう事?」
『だって、元々がオオカミだから肉食獣だよね。』
「(元々がオオカミ??ポチが???)何を言ってるのか判らないよ。」

ま、あまりにも極端なので「そんな奴はおらんやろ~。」って
話になってしまうけれど
「部分」をもって「全体」を語ることの危うさ、愚かさは
判るんじゃ無いでしょうか。

これが「犬」じゃなく「人間」についての会話だとして
それぞれが
(「人間」=「地球上のすべての人類」)っていう抽象度と
(「人間」=「身の回りの人、広く見たとしても自国民)っていう抽象度
での会話だとどうでしょ?想像してみてください。
会話がかみ合いそうもないでしょ?
なんだか「空恐ろしい行き違い」が生まれそうじゃないですか?
特に「抽象度の低い」認識の人の方に。


「抽象度」上がると言う事は
より<広い視野で物事を見る事>に通じるというのが判るでしょう。
「抽象度」が上がるほどに関係する知識や、関係性を把握する能力も必要になります。
より高度な「認識」を得るには「抽象度の高い思考」をする必要があるって事です。
「抽象度が最高に高められた思考」によって得られた「認識」は「悟り」と呼ばれます。
お釈迦様はそこまで行ってしまったのでしょうが凡人の私には無理な話です。

お釈迦様レベルは到底無理としても
「抽象度」の高いコミュニケーションほど
同じ<言葉>(に限って話をしますが)を使っていてもやりとり出来る情報量は多くなります。

「犬だね。」
『ああ、犬だ。』

これだけの会話でも、「抽象度」の違いでその意味する所には
かなりの差が出てくるだろうって事は想像出来ると思います。

そう言った意味で「禅問答」なんてものは良い例かも知れません。
かなり「抽象度」の高いコミュニケーションです。

「抽象度」が高い程「情報量」は多くなりますが
その反面、具体性が薄まりますので判りにくくなるのも事実です。

あまりに「抽象度」が高い話をされても
「あれこれ言ってるけれど、結局の所、何を言っているのかさっぱり判らない。」
ってのがオチでしょう。
哲学書なんてのがその最たるものです。
全く具体性に欠けていて、私の頭では全く理解できません。
でも、しょうがないんです。そういうものなんです。
「思想」なんてモノは「概念」以外の何ものでもないんですから。

で、私は何が言いたいのか?
いつもながら、自分でもよく判らない方向に話が進んでるけど。

「抽象度」を低くして言うと
「話が抽象的過ぎる。」と文句を言う前に自分の「抽象度」を上げる努力をしましょう。
他人に何かを伝えたい時は、「抽象度」の高さに気をつけて話をしましょう。
って事です。勿論私を含めてです。

具体的でしょ?



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●”THINK ALONE”

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

生物は環境に合わせて、身体的特徴を変化させる。

高い所の葉を食べるために「キリン」の首は長くなった。

「環境に適応できたDNAが次世代に引き継がれる。」って所だろうか。
いくら何でもある日突然、一個体の首が伸びたりはしないものね。
ろくろっ首みたいにさ。

たまたま首が長い奴(突然変異)が高い所の葉を食べられたので生き残り
だんだん首が長い奴の度合いが増していった(適者生存)(自然淘汰)ってのが
通説っぽいけど…、な~んかしっくりしないよなぁ。

「中ぐらいの首の長さのキリンの祖先」ってやつは
その化石が見つかっていないらしい。
「ミッシングリンク」って言われているとか。
「失われた」のか「未発見」なのか?
今のところ「キリン」は初めから「キリン」として生まれてきたらしい、って事だそうだ。

だいたい、中途半端な長さの首じゃ
結局は高い所の葉は食べられないものなんだから。
いきなり「キリン」として生まれて来ないと首を伸ばした意味がない。
ちょっと、ダーウィンさんその辺はどうなの?

ダーウィンさんの考えは確かに一理あるとは思う。
でも、でもね~。なんだかまどろっこしいというか。

で、私は私なりに考えた。
「あそこの葉が食べたい」っていう<意志>が「キリン」を生んだんじゃ無いのかと
私は思ったのですよ。
「キリン」に生まれれば、あの葉が食べられる。
そうして、「キリン」として生まれ出たのが「キリン」。

~~~~若かりし頃、そんな事をぼんやりと、ひとりぼっちで考えていた。
理路整然と、って言うよりは、な~んとなくね。

そうしたら後になって見つけました、「ウイルス進化論」という考え。
なるほど、はいはい。そういう考えね。面白い。
ウイルスって本体は「遺伝情報」だもんね。

でもやっぱり<意志>の力がどっかで作用しているんじゃ無いかと…。
<意志>が無ければ<カタチ>が決まらないんじゃないかなぁ?
それがどんな力で、どう作用するのかは判らんが。

判ったらすごいけどね。
神のヒミツ、神秘ってやつだもん。凡人には無理だ。



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ひと山越えた

先ほど大きな大きな仕事の納品が完了した。

すごい量の製作物と短納期なので、あちこちに協力を頼んだ。
幸いこの御時世で仕事が薄く、即対応してくれた。
それじゃなければこの短期間では完成しなかっただろう。
今後平時に戻った際の納期調整が大変そうだ。

ともあれまずはひとつホットした。


そしてもうひと山、明日はテクニカルショウヨコハマの最終日。

朝から一日会場に居るつもりだ。

昨日、今日と「心技隊」ブースに来て頂いた皆様には感謝いたします。

明日お会いできる方、楽しみにしております。


記事にして頂いた方達。
すごいぞ!日本の製造業!
馬車道の社長日記
金型屋の社長から愛をこめて
引越業界は面白い
Gigazine
ヨコハマ経済新聞


テクニカルショウ終わったら風邪引きそ
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●カルロスに会う

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

先日、日産のカルロス・ゴーンに会ってきた。

なんて、書くと
自分がV.I.P.にでもなったみたいでカッコイイけれども

種明かしをすると

テレビ東京の「カンブリア宮殿」の収録を見学に行ってきたのです。
この記事がアップされる頃にはもうオンエア済み(1月5日)のハズなので
中身を話しちゃうんだが
ゲストが「カルロス・ゴーン」さんだったのです。
で、幸運にも30人ほどの観客の内に選ばれスタジオのひな壇で観覧。

オンエアをご覧になった方もいらっしゃるのでは?

収録は12月某日だったんだけど
日産が「派遣切り」(なんだかイヤな響きだね、敢えて使ってみるが)
発表直後って事で大変な時期(タイムリーと言えばタイムリー)だったんだけど。
面白い話が聞けたと思います。

でも私の関心はそんなところには無くって
見たかったのは「実物のカルロス・ゴーンってどんな人物?」って事。
わずか一時間足らず、それも一方的に話を聞くだけなので
テレビで見てても同じじゃん、って思うでしょうが
兎に角、間近で生で見てみたかった。(なんだか珍獣扱い)

で、どうだったか?

実は今回でこの番組収録を見学するのは4回目なんですよ。
いままでにも名物社長の実物を見てきたんだけど
やっぱカルロスは違いました

収録が終わり、用が済むと彼はすぐさま我々見学者
(かっこよく言うとオーディエンス)の所にやって来て
「今日は直接お話は出来ませんでしたが
     来ていただいてありがとうございました。」

と挨拶をしてくれたのです。勿論、通訳さんを通じてですが。
あのカルロス・ゴーンがわざわざただの見学者にですよ。

今まで自分の見た社長さんはそんな事しませんでした。
だからといって今までの社長さんを非難するつもりは毛頭ありません。
ただの見学者なんだからそんな義理はないし
自分もまさか挨拶に来るなんてこれっぽっちも思ってもいなかった。
そう考えるのが普通でしょう。
カルロスが凄すぎるんです、きっと。

「気が利く」「気配りが出来る」「腰が低い」
色々な言い方が出来ると思うけれど
私が思ったのは、
「この人は、自分が『カルロス・ゴーン』である事をよく判っているなぁ。」って事。

かなり偉そうに言っちゃうけれど
自分が周りにどう見られていて、その中で自分はどういう行動をすれば良いのかが
凄くよく判っている。経済人ではあるが、ある意味芸能人みたいな
特殊なポジションに自分がいる事をちゃんと自覚しているわ。
即ち、「他人を喜ばせる術を心得ていて、実行出来る人物」だと。

番組内のVTRで自社工場を訪問するシーンがあったんだけれど
そこで社員(工場労働者)相手に講演をした時に
大切な部分(心に訴える言葉)はわざわざ日本語でスピーチしていた。
この辺も、さすがと思わせる部分だった。カルロスやるな。
そしてトドメに収録後の予期せぬ挨拶。
私、はっきり言ってやられました。カルロスという人物に。
「次に買う車は絶対に日産車にします。」と言ってしまいそうでした。
普段は日産車をぼろくそに言ってるのに。

で、ふと思い返してみると本田宗一郎さんもそんな人物だった。
「他人を喜ばせるのが上手な人だった。」と。
いつでも周りがにぎやかだった。少しも、偉そうな感じがしなかった。
こうい言っちゃ何だが、普通のおしゃべり好きなオヤジみたいだった。
こちらの珍獣(失礼な)も4回くらい見たことがあるんだけれどね。

絶対、両人とも計算では動いてはいないと思う。
そのように生まれついているのかもしれない。
だからこそ、「凄い人」なんだろうな。別格だね。
こういう人達をカリスマって言うんだろな、きっと。
同じ事を凡人が計算でやったとしたらきっと鼻についてしまうんだろう。
簡単にメッキがはげてしまう。

やっぱ、本物は違う。生で見られてよかった。

さて、次の珍獣はなにがいいかな?



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コンペ第3回みどり会

先週末、ゴルフコンペみどり会を開催した。

天気は晴だがとても寒い日、スタート直後は身体が回らない。


今回も念願の100切りに挑んで、午前中の最終ホールのティーアップ、ここまでのスコアが43だ。
あと7打以内で終われれば、午後に期待できる。

ティーショットはまずまず、と思ったら二打目で池ポチャ・・・ orz

結局スコアは52。
また100切りならずか・・・ と半ばあきらめていた。


がしかし、午後からは同伴者の良いペースについていったら、4つのパーでスコアはまさかの42。

トータル94 HC25 NET69 で優勝してしまった。


勝因は「悪運の強さ」だ。

暫定球を3発も打ったのに、最初のボールが見つかったり。
OBゾーンへ一直線のボールが木や照明に当たり落ちてきたりと。

ゴルフの神がいるとしたら、一言言いたい。

「やっと来たか、もう来ないかと思ったぜ」


みなさんありがとうございました
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テクニカルショウヨコハマ2009

20090121
テクニカルショウヨコハマ2009に出展します。

今年は『心技隊』というチームで、(有)エムエスパートナーズ (有)日本キャドキャムセンター  (株)ケイテックデザイン そして(株)ミナロの4社で2小間ひとブースを構えます。

空間プロデュースは、ミナロ3階のデザインも手がけた独特の感性を持つ(有)エミリア。
「戦国時代の本陣をイメージしてみました」とのことだ。


『心技隊』の隣は、なんと18小間も使ったヨコハマ市の巨大ブース。
目立ってナンボのイベントにつき、小が大を喰う仕掛けをしこたま用意した。


そのひとつが等身大ナッちゃん。
三日間のうちいずれかの日に原作者のたなかじゅんさんもやってくるサプライズ付きだ。
現在、製作担当たかお@ミナロが風邪ひいて熱出しているにもかかわらず全力で製作中。
間に合うのか~


もう一つはリバースエンジニアリングのデモンストレーション。
こちらは(有)日本キャドキャムセンターの大河原氏の担当である。
先日NEDSの6講演で知り合いになったコニカミノルタセンシング株式会社様のVIVID9iを活用し、その場で3Dデータを作ってしまおうという企画。

(有)エムエスパートナーズ 伊藤氏は受注から販売まで、
(株)ケイテックデザイン 栗山氏は設計と加工と、
ひとブースでモノづくりの流れが完結している、すごいブースなのだ。


さぁ一体どんな展示会となるのか、楽しみと不安でいっぱいだ。

気になる方は是非ご来場下さい。


●テクニカルショウヨコハマ2009

日時 2009年2月4日(水)・5日(木)・6日(金)の3日間 10:00~17:00入場無料
パシフィコ横浜展示ホールC・D(横浜市西区みなとみらい1-1-1)
『心技隊』のブースは e-5 d-22


その日に納品あるんだよ~ どうしよ
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●「皆勤手当」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

一ヶ月間、遅刻・早退もしないで休まず出勤したら

給料と別に一万円支払います。

無遅刻・無欠勤のご褒美が会社から貰える。

それが「皆勤手当」。

┐(´-`)┌以前勤めていた会社にそんな制度があった。
世間的にはさほど珍しいものではないだろう。
かなりの会社が採用していると思う。

「小中学生じゃないんだから、いい大人相手に『皆勤』なんて
 おかしいんじゃないですか?」
とその社長に言ってみた。

殆どすべての社員がキチンと毎月貰っていたので
「貰えるモンは貰っとけばいいか。」と別段不満は無かったのだが
あまりにも「人を子供扱いした制度」なので自分は前から気に入らなかった。

考えてもみてよ。
確かに遅刻は悪いことである。
約束を守れないのは人間として良いことではない。
それは確かである。
でも、たった一日3分でも遅刻したら貰えないんだよ。
理由はなんであれ。
残業代は0.5時間単位なのに。
3分の遅刻で一ヶ月の「売り上げ」にどれだけの違いが出る?
そのせいで、機械が止まり何百万円もの損失が出る、っていうんなら
「<ペナルティ>として給料から引く」ってのは認めるよ。
会社の利益を減らした責任は取らなきゃならない。
「売り上げに貢献する」のが会社人の勤めだから。

でもそうじゃないでしょ。
はじめから一万円分は給料として支払える金額として
見込んであるわけでしょ。

要は、「遅刻や無断欠勤のペナルティとして予め一万円を人質に取ってある。」って事でしょ。
(んっ?人質?ま、いいっか)

「ちゃんと決められた時間に出社しましょう。」
「特別な理由もなく仕事を休むのは止めましょう。」っていう
「社会人として当たり前」のルールを守らせる為だけにある制度な訳だ。

あまりにも人を馬鹿にしていると思わないかい?
本当、子供扱いもいい加減にしなさいよ。
まあ、当たり前の事が守れない輩がいるのも事実だが
そんな奴は別の方法でペナルティを与えるべきで
「ルールを守らせる為の手当」なんてのは「手当」とは言わないんじゃない?
「ご褒美」じゃ無いよね、「搾取」だよね。

だいたいが「手当」ってやつにおかしいのが多い。
役人がお手盛りで給料(税金)を増やす時の常套手段だからね
名目だけの「手当」を乱発するってのが。
友人の兄が「元郵政省」に勤めていて、聞いた話なんだが
「住宅手当」が家賃の九割出ていたそうだ。
家賃20万円の部屋が2万円で借りられるんだって事よ。
どんだけ優遇されているのよ。公務員って。
制度の細かい所までは判らないので
一概に「税金の無駄遣い」とは言えないけれどね。
でも、怪しいよなぁ。

本来、「手当」ってのは
会社(組織)の都合で個人に不都合を強いるので
その見返りを金銭で補います。
って事でしょ?

なんで会社が個人の金の使い道まで考えてあげなきゃいけないの?
住まいに使いなさい、子供に使いなさい。
お前は独身だから今はいらないだろ、とかって。
何度も言うけど、子供扱いしなさんなって。
やっぱ、労働者のレベルが低いから?子供だから?民衆が馬鹿だから?

でも、社員の全く個人的な不祥事であっても
社長が監督不行届とかでカメラの前で謝罪しなくちゃいけない国だからなあ。
生徒のひとりがタバコ吸ったりしたら
甲子園辞退しなくちゃ世間が許さないみたいな、ね。
会社=親、社員=子供なのかね。

共産社会が崩壊しちゃった所を見ると
やっぱ人間って本来が怠け者で、愚かなんだろうなぁ。
資本主義社会でも、ちゃんと会社が個人を管理、教育」してあげないと
いけないんだな、この国では。
日本は「会社主義社会」(惜しい!もう少しで回文になったのに)の国
なんだなきっと。
「日本会社主義人民会社連社国」ってか。


・・・・・・・
ああ、その時の社長の答えね

「………励みになるだろ。」  だって。┐(´-`)┌



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チェ・ゲバラ

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男なら誰もがあこがれる革命家だ。

先週『チェ28歳の革命』が上映されたので初日に観に行ってきた。

ドキュメントタッチで、気の利いた演出はなく盛り上がりはないのだが、チェ・ゲバラを知るには丁度良い。


カストロと共に革命を志しキューバへと向かうが、当初チェ・ゲバラは無名の軍医。

しかし、国民を愛する誠実さ、常に冷静な判断力、人の気持ちをつかむ才能で、次第に反乱軍のリーダーとなっていく。

革命達成後、キューバ主席として国連総会での演説は鳥肌が立つほどカッコイイ。
相手がどれだけ巨大だろうが、搾取を続ける帝国主義にはいかなる事でも屈しない。


強く正しく偉大なるリーダーであっても、時には失敗する。
コンゴの革命は途中であきらめ、ボリビアの革命では命を落とす事に。
美しい女性が好きだったとも。


没後40年たった今でも人を引きつけるのは、理想を掲げ行動し、弱い者を助け、強い者と戦う、失敗もするが人を平等に愛するという、人であれば誰もが望む正義を貫いた人生だったからだろう。


本気で世界を変えようとした男、チェ・ゲバラが自らの死を予期して、娘に遺書として残した手紙の一文。

「世界のどこかで誰かが蒙っている不正を心の底から深く悲しむことのできる人間になりなさい。それこそが革命家としての一番美しい資質なのだから。」


あなたの中の革命家はまだ生きてるか
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TV取材

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先日、横浜テレビ局の取材があった。

折角なので、たなかじゅんさんにも来て頂いて、今加工中のナッちゃんをTVカメラに撮ってもらうことにした。

Dscn0866

Dscn0872

Dscn0922

アングルヘッドで削っている作業風景や、色決めしているところ。


その後いつの間にか、たなかじゅんさんと町工場について対談となり、

なぜ町工場はいつも暗~く、弱~いイメージで報道されるのか?
現場で働いている人達は、まったくそんなことは無く、楽しく明るくやっているのに。
ナッちゃんのストーリーは、そんな世間に対する逆襲であると。

そして今、それに共感したミナロが等身大ナッちゃんを作っている。

その会話はすべてカメラにおさめられた、放送時間枠が足りればいいのだが、きっと上手く編集して頂けるだろう。


来週は続きでミナロの一日を密着取材だそうだ。


たなかじゅんさんのブログ
等身大ナッちゃん製作 経過報告


いよいよ鳩営業も出演か
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工場内の軌道

Image033
扇島のJFEを見学させて貰った。

敷地内に鉄道のレールが敷いてある。

高炉から出た1500℃に溶けた銑鉄の入った釜を、ディーゼル機関車で運ぶためだ。

Image037


働く機関車はカッコイイ。


どこまでも平行な軌道は美しい。


と、思うのは鉄チャンだけだろうか・・・


いずれミナロ工場内にもレール敷くぞ。


Nゲージだけどな
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●「必要悪」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

「悪い事だけどしょうがないよ、必要悪だよ。」

なんて、都合の良い言葉なんでしょう。

「すべてのルールには例外がある」ってことは
「すべてのルールには例外がある」というのもひとつのルール。なら
「すべてのルールには例外がある」の例外は
「例外のないルールもある」と言うこと。
そうすると
「すべてのルール」の「すべて」が「すべてではない」って事になる。
こいつが「パラドックス」。「自己矛盾」である。

「自己矛盾」が「必要悪」なんだろうか?
「悪い事」はしたくない、でも「悪い事」をしないと
「良い事」が出来ない。だから、「必要悪」。

「良い事」をしたい、しなければいけない、と言う前提があるらしいが
「良い事」は本当に「良い事」?誰にとって?

「悪い事」をしたい時に
「良い事」をしなければいけなくなったら
それは「必要善」?それは「良い事」?「悪い事」?

「必要悪」って言ってもそれ自体は厳然として「悪い事」なわけだよね。
「悪い事」ってのは何処まで行っても「良い事」にはならない。

「良い事」をしたいのに「必要悪」?

前提が間違っているんではないだろうか?
「すべてのルールには例外がある」の「すべて」の部分。
初めから「すべてのルール」なんて言わないでおけば
「パラドックス」は生じない。

「必要悪」が生じるような事柄は初めからどこかに間違いがあるのでは?


私、何が言いたいんでしょう?

自分でも判りません。



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2009年元日

あけましておめでとうございます。

昨年は沢山の方々にお世話になりました。

今年も色々ありそうですが、力を合わせて乗り切ろうではありませんか。

製造業にとって良い話題は出ませんが、
景気の波は下げるのも早ければ上がるのも早い。

悲観的な報道ばかりが世の中のすべてではない、
むしろ良い話題の方が身の回りには多くある。

前向きな人達が製造業を救い、将来の基盤を作り出せる。


今年の忘年会もみんなで屋形船に乗れますように・・・


今年もよろしくお願いいたします
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●お気に入りの道

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

車やオートバイで走っていると

「あっ、この道なんか好きかも。」

って時がある。

北海道の「地平線に向かって真っ直ぐに伸びている道」とか
「海岸線に沿って続く絶景のワインディング」とか
そんな、誰もが良いなと思う様な道では無くって
日常、通勤に使ってたりする普段の行動範囲でのお気に入りの道。

普通の生活道路なんだけれど
何となく自分のリズムに合っている曲がり具合の旧道とか
一瞬だけ富士山が正面に見える場所がある県道とか。
そんなところ。

いくつかあるそんな道の中のひとつに
「首都高速の本牧ジャンクション」がある。

首都高を桜木町方面からやって来て新山下の先で
幸浦方面に枝分かれしている高架橋である。
(寝坊した時に通勤で使う事があるんだな)

狭っくるしい桜木町トンネル(このトンネルは
このトンネルで嫌いではない)を抜けて
湾岸方面へ進むと地上に出てすぐに新山下の合流
ここはよく渋滞しているので注意が必要。

そして合流が済むと左手方向にはヨコハマの街が広がっている。
夜ならばみなとみらいのネオンが美しい。
そしてその先本線を進めばベイブリッジを渡ることになる。

ベイブリッジの手前で左方向幸浦方面に分岐

この分岐の始まりから湾岸線に合流するまでのほんの数百メートルが楽しい。
走るたびにわくわくする。

ジェットコースターの様なというか、まるで離陸する飛行機の様に
一気に高いところへ昇っていく。ヨコハマで車で走れる最高地点まで
高度を上げて右へ旋回、海岸線に沿って南下する。
(本当はベイブリッジの真ん中が一番高いみたいだが)
ここで左旋回だともっと眺めが素晴らしいのだろうが
それは贅沢ってもの。(会社に行けなくなっちまう)
勿論本線を進みベイブリッジを渡る方が眺めは格段に良い
でも、わくわくしないのである。
肝心なのが道幅。狭いほど視界が広くなる。
自分の両側に景色が広がると飛行感が増す。
ベイブリッジは広すぎる。

このジャンクション、反対方向も楽しい。
幸浦からの帰り、だから通る時はいっつも夜だけど
正面に観覧車のネオンを見ながら左旋回そして
一番高いところから一番低い本線まで
一気に高度を下げて合流。こちらもほんの数百メートル。
でもなんかわくわく。道幅も一車線分。

さらに言うなら
車よりも断然オートバイだね。自分が飛んでいる気分になれる。
しかもスピードは速ければ速いほど楽しい。(だから100キロ?かな?)

「バカと煙は高いところが好き」って言うけどね。

だって、バカなんだも~ん。



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屋形船忘年会

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昨日は屋形船で忘年会。

約30名も集まっていただきました。

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乾杯の音頭は屋形船の言い出しっぺ、鳩営業くん。
しかし乗船30分で船酔いのためダウン・・・
気分は「揺れない大地が欲しかっただけ」らしい。

桜塚やっくんのサイン色紙は、兄である斉藤製作所のHiroyasuさんが持ってきてくれました。

今回は偶然2組の斉藤家が参加してくれましたが、
両斉藤家とも美男美女の夫妻で、子供達もかわいいしとても素直。
理想の家族ですわ。


こんな景気だからこそ、わいわい楽しくすごす時も必要でしょ。

2次会では、ここでは書けないほどの野望が出る出る。

来年の今頃は、忙しくて忘年会どころじゃ無くなってるって。

みなさん集まっていただきありがとうございました。


参加の方々のブログの記事
旋盤加工.com
引越業界は面白い

良いお年を
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●「6勝4敗」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

野球の試合なら勝ち越し

「10勝全勝」だろうと「6勝4敗」だろうと

勝利チームの監督には

「勝利チーム監督」との評価が残る。

監督は「チームを勝たせる」のが仕事だから

「勝利チーム監督=良い監督」との評価が残る。


だけど

6勝が全部「ひとりの投手」が連勝したもので
4敗がこれまた「別のひとりの投手」が連敗したものだとすると
それぞれの選手には「連勝選手」、「連敗選手」との
評価が残るわけだ。
ふたりともに
「勝利チーム投手」の評価が残るものの
個人的には天と地ほどの差がある。

チームスポーツなので
勝敗のすべてが投手で決まるわけではないのだが
残る評価は「勝ち投手」「負け投手」だけである。
「ラッキー勝ち投手」とか「投げ勝ち投手」
「アンラッキー負け投手」とか「味方のエラー負け投手」
なんて記録は無い。

普通は「勝ち投手=良い投手」「負け投手=駄目投手」としてしか
記憶に残らない。マニアでなければ試合内容までは記憶していない。

監督は、どのような試合内容であっても
「チームの勝利」を喜べるだろうが
果たして「4敗の投手」は素直に「チームの勝利」を喜べるのだろうか?
「チームの勝利」は所属するどの選手にとっても
同じように喜ばしいものなのか?


「会社経営」を「スポーツのチーム采配」にたとえて話す
経営者が世の中には結構いる。

「社長が監督」で「社員が選手」、「会社は一つのチーム」と。
「10勝0敗」だろうと「6勝4敗」だろうと
「取りあえず勝ち越せば、それで良いんだ。」とその人は言う。
勝ち越せば「勝ち組」に数えられる。
「勝利チーム監督」だ。

監督はいいよ、それで。チームが「勝ち」なんだから。

……。


「会社経営」をスポーツにたとえる、ってのは適切なの?



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●○○人脈

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

じんみゃく=人の脈

○○山脈、○○鉱脈と同じように考えると

人がず~っと連なっているような印象だけれど

「自分」は何人脈に連なっているんだろう。


>学校の同窓生  >町内会の集まり
>仕事の上司、部下、同僚  >同業者の仲間
>出入り業者の担当  >趣味の集まりの仲間
>よく行く店の従業員  >その店の常連客仲間  
そして最近は>ブログのコメントやSNSなどのネット仲間
そしてそれぞれの家族や友人、そしてそのまた友人

延々と脈は繋がっているが
実際に直接会って話をして、時には個人的な
相談なんかもしたりする様な間柄はその中に何人いるだろう。
そう、友達と呼べる人間が。

「友達の友達は友達、とは限らない。」ってのが
本当の所だろうからね。

「顔が広い」と言われる人がいるが
ただ知り合いが多いってだけで
それぞれの繋がりは希薄だったりする事もよくある話。
いざと言う時(だいたいは自分がピンチの時)には
誰も助けてくれ無かったり、逆に利用されたりとか。

さて、そんな「自分の人脈」ってどうなっているのか?

先ず、自分を含め働いてる殆どの人は
「仕事人脈」がメインでしょうな。

仕事中は勿論、仕事関係の人間と一緒
アフターファイブ(5?)も上司や同僚と呑みに行き
休みの日は取引会社の人間とゴルフ(自分はゴルフはやらないけどね)。
何ヶ月もの間、家族以外は
「仕事人脈」の人間としか会話していなかったり
とか結構ありそう。
それでも結構やって行けちゃってるんだよね。

仕事関係の人達との関係が良好なのは良い事だから
それはそれで別に問題は無いんだけれどね。

いつも代わり映えのしない面子とばかり付き合い
自分の得になりそうな人や仕事に繋がりそうな人
としか新しい繋がりを作ろうとしない。
話す内容もいつの間にか「仕事がらみ」になってしまう。
「付き合ったら<得>か<損>か」でしか判断しなくなる。
そう、付き合う人間を「利用価値」だけで選ぶ。

こういう書き方をすると「いやな奴」みたいだけど
案外「いやな奴」って言うより
実は「普通の人」なんじゃ、って言う気もしている。
「利用価値」って言葉がなんだかネガティブな印象
を醸し出しているけど

ぶっちゃけ、自分にとって<プラス>にならない人間とは
付き合っても意味がないと思うのも事実。

「金銭」だけが判断基準ならやっぱりそいつは「いやな奴」だろうし。
普段は友達面しているけれど、いざって時には何にも力を貸さない。
そのくせ、只酒が飲めるとなるとやって来てとことん飲み食いする奴とかさ。
結局「金」かよ。ってなもんですな。

だいたい「お金」が絡むとその本性がよく判るよね。

でも、「仕事人脈」という括りじゃ仕方ないのかも知れない。
どうしても利害関係が先行しがち。
だってそもそもの関係が仕事だもの、どっかで金勘定がついて回る。
仕事がうまく回っているウチは良いかも知れないけどね。
「金の切れ目が縁の切れ目」ってやつの予備軍ですか。

いずれにせよ、「仕事人脈」だけの付き合いの中にいると
世間がなかなか広がりませんな、新しい発見も少ないでしょう。
刺激がなければ、反応も鈍くなる。
感性が鈍る、果ては人間が小さくなってしまう。
下手すると損得勘定だけの「いやな奴」になってしまいそう。

要するに「価値観」が似かよっている括りなんだな
「仕事人脈」は。全部が全部とは言わないが。
その「価値観」が自分の求める「価値観」と違っていては
自分にとっての<プラス>が得られる所も少ない。
まあ、心の持ち方次第で何処ででも<プラス>は得られる
とも思うが。反面教師と見ればね。

では、自分の「価値観」は?
何にプライオリティを置く?何を<プラス>と考える?
自分の「価値観」が「仕事人脈」だけでは満たされないとなると
何処に求める?

そりゃあ、「仕事人脈」以外に求めるっきゃないな。となるね。

人脈って一本の線では無くって、ネットワークを構成するし
色々とオーバーラップしたり、関係も変化するだろうから。
きっちりとした線引きが出来ないのはあるけど
最初の「きっかけ」って事で、仕事以外。

じゃあ、仕事以外は、何人脈に自分は繋がっているのか?
さて?

<学会>に所属してる訳でもないし、<しあわせを科学>している訳でもない
<誰かさんの証人>でもない。
だいたいがその辺りの人達とは「価値観」が違うと思うので
友達になれそうも無い。
<自由な石工>は向こうが入れてくれないだろうし。
<SNSもなんだかなぁ~>で、やっていない。
んで、仕事以外での付き合いのある人間ってどれほどいるか?

これがねぇ~。案外少ない様な気がする。
同窓生とか、以前の職場の仲間とかその友達とか
色々といるから友達がいない訳じゃ無いんだけれど
(相手はどう思っているか知らないが)
頻繁に連絡を取ったりしているか? ってー考えると
やっぱりお互いに仕事が忙しかったりするからね。

なんかの機会に会ったり電話したりすると、刺激を受けて
「これからもちょくちょく連絡取り合っていこう。」なんて言うんだけれど…。
いつの間にかねぇ…。
まあ、長いこと顔を見ていなくても、友達は友達だからいいんだが。
で、気がつくと「仕事人脈」オンリーってな事に。

結構まずいんじゃあ無いの、これって。
「いやな奴」ワールドの入り口にいるんじゃないの?
仕事関係以外に友達がいないなんて
仕事関係にすら、いないかも知れないが。
そんなのいやじゃん。
刺激がないじゃん。(これが私の「価値観」なんだな。)


では、どうしましょう?

よし取りあえずは。あいつに電話してみようか!



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関東6県で講演

株式会社NTTデータエンジニアリングシステムズ(以下NDES) 様からの依頼で、このくそ忙しい(そうでもないか)年末に関東6県、6会場で講演をやることとなった。

昨日第一回目の長野県松本会場での講演が終わったのだが、横浜⇔松本間ははけっこう遠い。
帰ってきたのは23時を過ぎていた。

今回依頼をもらったNDESの東京営業所所長とは長い付き合いだ。

「元気のない製造業のために何かしゃべってよ」という彼の言葉に二つ返事で「いいよ」と答えたが、依頼を請けた最大の理由は、スーパーあずさに乗れるからだった。

だから遠くても全然OKなの。


来週からはもう少し近県で2ヶ所、再来週は首都圏で3ヶ所と講演が続く。


セミナー全体では、Space-Eをはじめとした各社ソフトの有効活用でもっと利益を出しましょう、という感じだが、みどりかわの特別講演だけは精神論だ。w


まだ受講者募集中らしい。

会場のお近くであれば、是非申し込んで下さい。
株式会社NTTデータエンジニアリングシステムズ


全会場申し込んだ人が居たとか居ないとか・・・
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たなかじゅんさんキターッ

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製造業マンガ ナッちゃんの原作者、たなかじゅんさんがミナロへやってきた。

先日のJIMTOFへ誕生日プレゼントとして、ナッちゃんのフィギアを持っていった際、今度は等身大で作りますよ~と言っていたのだが、とりあえず頭の加工が出来上がった。
それがこの写真。(色合いが悪くてスミマセン)

たなかじゅんさんは、ミナロで製作中の等身大ナッちゃんを見てみたいと言うことで、仲間の藤田さん、因幡さんと集英社の方を連れてミナロに来て頂いた。


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ナッちゃんフィギアの製作者、たかお@ミナロと並んで記念写真。

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武藤田鉄工のオヤジ似、さかべ@ミナロの話に聞き入る面々。


ミナロが来年のテクニカルショウヨコハマ2009に出展する際、この等身大ナッちゃんを展示しても良いのでないかと、許可を頂けそうです。

てか、ほとんど決まりか?

うまくすれば、その会場でたなかじゅんさん自らナッちゃんの単行本を売ってくれます。
JIMTOFに行けなかった方は是非ご来場下さい。


たなかじゅんさんのブログでも取り上げてもらいました。
たなかじゅんのヨモヤマ日記


次は色塗るときに来てもらいましょうかね。
銭湯三昧でそんなに忙しくないみたいだし。w


ナッちゃんには製造業の救世主となってほしい
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●「エコ替え」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

エコエコエコエコ、五月蠅いんだよ!
お前は「黒井ミサ」かっ!
ってな突っ込みを入れたくなる昨今
皆様いかが「エコライフ」をお過ごしですか?
私は景気にかかわらず、自分の為に
相変わらず「二酸化炭素排出量」の少ない
慎ましい毎日を送っております。

「まだまだ使える車」を手放して

「燃費の良い車」に乗り替えるのを「エコ替え」と言う。

その方が「環境に良い」のです。


こんな大嘘で車を買わせようとしているが
現実には「大減産」、「大幅下方修正」。

あれ??でも、こっちの方が「エコ」なのでは?

消費が冷え込めばその分の生産活動が減少する。
工場の稼働率が下がれば、電気の使用量も
輸送その他で消費する石油の量も少なくなります。
車の数が減れば排ガスも減ります。
お陰様で「二酸化炭素排出量」が少なくなる見通しです。
環境には大変よろしい事です。喜ばしいことです。
「マイナス6パーセント」達成ももうすぐでしょう。

不景気大歓迎ですよね?
と~っても「エコ」なんだから。
「エコ、エコ」言ってる皆さん?

「仕事が無い、ヒマだ。」とお嘆きの製造業の皆様
それは「環境にとっては良い事」なんですよ~。
喜ばしい事なんですよ~、環境の為には我慢しましょ~。
自己犠牲の精神ですよ~。


「エコ替え」で下取りに出された車は
その場で解体されて原材料になる。
なんて事は当然あるわけもなく
だいたいがそのままに中古車市場に流れたり
海外に輸出されたりして「排ガス」を出し続けるのです。
そこに新たな「燃費の良い車」が上乗せして「排ガス」を出す。
「排ガス」の総量としては増えているでしょうが。
これが「エコ」?
「エコ」ってどういう意味?「エコノミー」(経済)の略?


誰かが「環境問題」を口実にして
日本の産業を、さらには日本そのものを潰そうとしていないか?

「環境先進国」などとおだてられて音頭取りを押しつけられ
調子こいて「京都議定書」なんてモノを出しちゃって。
日本だけが馬鹿正直に遵守していたら大変な事になったりしないの?
「お前が言い出しっぺなんだから、お前だけは絶対守れよな。」とか言われて。

「エコエコアザラク、エコエコザメラク…」


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●<順番>が来た。

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

オートバイ乗りは

そんな事はあり得ない、間違っていると判っていても

「自分だけは死なない。事故らない。」

と思っている。

オートバイ乗りに限らなくても
殆どの人は「自分だけは―。」と多かれ少なかれ
心のどこかで思っているだろう。
そうでなくては、怖くて外に出られない。
いや、家の中にいても安心していられないだろう。

オートバイに乗らない人から見たら
「なんで、わざわざあんなに危険な乗り物に乗るんだ?」
ってなものだろうが
乗っている当人にしてみればそれ程危険な乗り物だとは思っていない。
自転車だってジェットコースターだって危険と言えば危険である。
それに何しろ「自分だけは死なない。」って思っているんだから。
何に乗っていても同じである。歩いてたって危険はある。

「<運の無い奴><技術の未熟な奴>から事故るだけで
 自分の<順番>はまだまだ先。きっと寿命が尽きるまでは回って来ない。」

どこかで、そう思っている。
それは決して「奢り」とかでは無いと思う。
そんな考えが少しも無かったらば人生何も出来なくなってしまう。
況してや、オートバイなど乗っていられない。

その反面
人間は誰しも何時どうやって死ぬか判らないし、死は必然なのだから
「何時死んでもおかしくない。」とも思っている。
矛盾しているかもしれないが死をいつも意識している。
ただの「無謀な人間」では無いし、「自殺志願者」でも無い。


そんなオートバイ乗りの一人に<順番>が回って来てしまった。

私が懇意にしてもらっているショップの常連さん。A氏としよう。
数人で某所にツーリングに行き、左コーナーで曲がりきれずに
対向車線に飛び出した所、対向してきたオートバイと正面衝突。
A氏は即死、相手も意識不明の重体となった。
日曜の午前中の出来事だった。

A氏が乗っていたのは1000ccの大型スポーツ車。
100キロを超えるスピードでコーナーに入っていったそうだ。
相手の人が乗っていたのもメーカーは違うが同じく1000ccのスポーツ車。
こちらも100キロ以上出ていたらしい。
相手の人のその後を知らないが
命は取り留めたものの、身体的ダメージはかなり酷かったとか。
一人で走りに来ていて事故にあったらしい。

事故の原因は完全にA氏の<オーバースピード>。
こう言っては何だが「自業自得」。言い訳のしようがない。
相手にしてみれば「貰い事故」。本当に運が悪いとしか言い様がない。
ほんの数秒でも時間が前後していれば当たらなかっただろうに。
えてして、事故というのはこの様に偶然が重なって起きるものだ。

と、ここまで聞くと
「若者の無謀運転が引き起こした悲劇」
と思われがちなのだが。
さにあらず、である。

A氏は働き盛りの45歳。分別あるいい大人である。
自分も一、二度面識があるのだが、確か小学生の子供がいた。
そして、相手の人もニュースによると44歳。
残された両家族のことを思うと何ともやり切れない。

亡くなった人の事をとやかく言うのはなんだが
「いい大人が、どうして…?」と。
オートバイに乗る様な人はどこかガキっぽい所があるものだけれど
「ガキじゃないんだから…。馬鹿野郎だね。」と思う。

ショップの社長さんもかなりのショックを受けていた。
そりゃそうだろう、つい先日まで馬鹿話をして笑っていた人が
突然逝ってしまったのだから。

自分も長いことオートバイに乗っているので
十代の頃からかなりの数の仲間、知人を見送っている。
逝ってしまった奴の事はもう、仕方がない。それが寿命だったのだろう。
二度と会えなくなっってしまった、と言う「寂しさ」に耐えればいい。
だた、「残された人達」を見るのが忍びない。

年齢が行くほどに、「世の中との関わり」が増えるほどに
「残された人達」の数が増えるものだ。
十代の頃に「仲間を見送る事実」と向き合った事と
今とでは受ける印象がずいぶん違う。
自分にも「世の中との関わり」が多くなっているからだろう。


こんな事書いていると気分が沈んできちゃうな。
読んでてもそうだろうと思うが。
「なら、書かなきゃいいだろ。」とも思うけど…。
書くことで気持ちを整理しているんだよね。
「より良く生きる為に」さ。

お付き合いありがとうございます。

自分や自分の仲間に<順番>が回ってくるのは
ず~~~~~~~~~~~っと先でありますように。

"Godspeed you!"


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忘年会のお誘い

【締め切りまでトップに表示しておきます】
現在、大人子供含め約30名ほどの参加申し込みをいただいております。


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早いモノでもう11月半ば。

そろそろ忘年会の準備をしなくちゃね。

ということで・・・

わがままな営業の進言により、今年は屋形船での忘年会を企画しました。

掘りごたつ完備の新型屋形船で、八景島から横浜の港へ向けて出港。
おいしい料理と酒で、日本と製造業の未来を語らいましょう。

日時 12月21日(日) am11:30集合 正午船出
場所 シーサイドライン八景島駅 (八景島桟橋)
会費 大人一人 \10,500-
    子供一人 \5,250-

平日の夕方だと、仕事で遅れて「船、出ちゃったよ~ orz」なんて事にならないように日曜日にしてみました。
そう言うわけで日曜の昼につき家族連れOKです。

たまには家族の顔も見せてみ~


屋形船のサイトはこちら
屋形船濱進


参加の方は12月15日(月)の午前中までに連絡頂けるとうれしいです。<幹事>


鳩くんは海パン用意すること
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●「モノづくり」と言う言葉

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

「モノづくり」という言葉に「違和感」を覚えると

作家の村上龍氏が言っていた。

自分も「モノづくり」の会社に居て
     「モノづくり」を仕事にして
     「モノづくり」をよく口にしているし
自分のやっている事を一言で言うと
確かに「モノづくり」なのだが
何となく「しっくりしない」、軽い「違和感」を覚えていた。

皆がみな、「モノづくり、モノづくり」と、口のするのを聞くにつれ
「天の邪鬼」の私だから、自分が口にするのを嫌がっていたのではないか
と、自己分析をしても見たのだが、それもどうも違うようだ。

何となくだが、言葉そのものに対して何かが引っかかる。
そんな気がしていた。
新聞や雑誌の見出しの「ものづくり」とか、「ものづくり大学」とかに。
「ものづくり大学」???。なんだかな~、って。

それが何なのか、いま一つ判らなかったのだが
村上氏が自分と同じように「違和感」を感じていると言うのを聞き
そして彼の説明を聞いた時に、自分が感じていた「違和感」が
何なのか少し判ったような気がした。


「モノづくり」と言う言葉が盛んに使われる様になったのは
九十年代あたりからで
それまでは「モノづくり」などと言う言葉は無かった。

言葉は、その言葉が表すモノが<危うく>なり
人々の意識がその事象に向けられる様になる事で
定義づけられ、言葉としての意味を強く持つ様になる。
そして普遍的な言葉になる。

即ち、九十年代頃に日本の「モノづくり」が危うくなったので
「モノづくり」という言葉が盛んに使われる様になった。

今盛んに「モノづくり」と言われていると言った事実は
裏返すと「モノづくり」そのものが<危うい>状況にある。

「モノづくり」と言う言葉が使われるようになって
既に十年以上経過していることから考えるに
実際の所は、「モノづくり」は既に壊滅的状況にあるのではないか?

「モノづくり」と言えば言う程に、言葉が虚しいモノに感じられる。

まあ、ざっと以上のような事であると、村上氏は言っていた。
なんか判る気がする。

誰が「モノづくり」と言う言葉を使っているか?って事も
ポイントだと思う。
「モノづくり」の人が使うのは当たり前と言えば当たり前なのだが
「モノづくり」で無い人が普通の単語のように使う様な状況が
危うさのバロメーターなんだと。

では、それまでは日本に「モノづくり」は無かったのか?
当然、そんなことは無い。身の回りに溢れていた。
当たり前のことなのでわざわざ「モノづくり」などと表現するまでも無かった
ので言葉が必要無かったと言うのだ。
そして、バブルの崩壊後「嘗ての日本」に戻ろうとした時に
バブルの熱狂の中で「モノづくり」が危うくなっていた事に気付く。
それが九十年代以降の事だった。そしてその状況は今も。

「地球環境」と言う言葉も同じ様な事だと思う。
嘗ては、当たり前すぎて誰も「地球環境」などと声高に言ったりしなかった。
ところが人々の関心が「地球環境」に向けられる様になると
やたらと「地球環境」と言う言葉が使われる事となる。
その事は、最早「地球環境」が危機的状況である事を表している。

まあ、病気になって初めて健康の意味が判る。みたいなモノですかね?

「みんなが『モノづくり』と言っている限りは日本の『モノづくり』は駄目なまま。」
だそうだ。

「みんな、『モノづくり』って言うなあああああああああっ!」



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●「金が無い」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

金さえあれば幸せなのか?

無いよりは良いんだろうね、たぶん。

持ったこと無いから判らないけど。


十年以上前、私がメカニックをしていた頃のお客さんの話である。

その人は「ランボルギーニ ディアブロ」に乗っていた。
車の事を知っている人なら判ると思うけど
「ランボルギーニ」に乗っている人は間違いなく「お金持ち」だよね。
新車価格が私の住んでいる部屋と同じ位の値段なんだから。
そりゃあ、高い車さ。
「お金持ち」しか買うことが出来ない。

で、そのオーナー曰く
「ブレーキキャリパーをもっと良い奴に換えたいんだけどさ
 金が無いから、ポルシェ用の奴をアメリカから取り寄せて換えようと思うんだ。」
だって

この人、日本語の使い方判っているのか?
普通は「金が無いから、…買わない。」ってなるんだよ。
あんたが「金が無い」っていうなら、わたしゃどんな状態なのよ?
そのキャリパーって私の月給よりも高いのよ。
車は家とおんなじ値段だし。その家だって残りの人生のすべてを掛けて
支払をするってのに。

なんで、「お金が無い」なんだ?

ここで私は悟りました。
お金ってのはどれだけ持っていても「足りないモノ」なんだ、と。
「ランボルギーニ」に乗っていても「金が無い」んだ、と。
ホリエモンも「金が無かった」んだ。

な~んだ「足りない」のは私が貧乏だって訳じゃないんだ。
お金って言うのはそう言うモノだからなんだ。
わたしゃ、てっきり自分が貧乏だからお金が無いんだと思い込んでいたよ
誰でも「足りない」のね。お金って。

きっと、ビル=ゲイツも。



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JIMTOFへ

本日から始まっている、JIMTOF2008 第24回日本国際工作機械見本市。

今年の目玉はなんと言ってもナッちゃんブースだろう。

Nuts1

そこで、たなかじゅんさんの誕生日と、出展記念にこんなモノを作った。

(一応ご本人の許可があるまでボカシを入れておきます)


Nuts2


加工をしたのは新人、たかお@ミナロ。

良い出来だと思うのだが、気に入ってもらえるかな・・・


明日あたりにこれを持って出掛けようと思う。


ロウソクは22本 x 2らしい
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●「三分帰晋」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

ようやく『三国志』全八十四話が終わった。

三国(魏、呉、蜀)が滅び「晋」王朝が歴史上に現れた。

そしてその「晋」も勿論の事遙か昔に滅んでおり
今は「中華人民共和国」が有るわけだ。
歴史は続いているのだな。

しかしあれだねぇ、「世襲」はいかんね。
やはり「禅譲」が理想だね。

もっとも「力ずくの禅譲」もあるから一概には言えないのだが
少なくとも「力」や「野心」のある人間に引き継がれる事だけは
間違いないので、あれよあれよと国家が衰退してしまう様な事はないでしょう。
人民が幸せかどうかは為政者の人格や運次第ってとこもあるから
どちらとも言えないんだろうけれどさ。

まあ、基本的にはフィクションなのでどこまで信用出来るか判らないが
「劉禅」がねぇ…。もうアホアホ二代目の見本のように描かれている。
実際の所、世の中にはアホ二代目、アホ三代目が溢れているのだから
本当にあんなだったんでしょうな。きっと。
もう、周りの有能な将軍たちが可哀想で可哀想で。
「あの劉備の子供がこれかよ。トホホッ。」ってなもんで
孔明達も大変だったろうな、と同情してしまいます。

やっぱ、組織は「頭」で決まるよね。
孔明がいくら優秀でもやっぱり役割は「頭」じゃ無いんだよな。
『三国志』の時代では「血筋」が重要な要素にもなるんだけれど
今の時代だとなんだろうね?もう「血筋」がどうこう言う時代じゃないと思うが。
でも、脈々と受け継がれている(と言われている)
「血筋」が我が国にも存在している事実から
「国」単位くらいの規模で考えると
「血筋」ってのはいまだに生き残っているのだな、実際の所。
そう考えると今も「歴史の途中」なんだと。なんだか不思議な気分。
意外と人間って大昔から変わっていないのかもね。

まあ、「国単位」くらい大きな話での「血筋」の重要性はある程度認めても良かろう。
一国をまとめるほどの「権威」だの「拠り所」だのを
作り上げる時の「大儀」には必要だろうから
「血筋」の方が「本人」より大切なこともあるでしょう。

でもねぇ、たかが$%&##%ふぜいが「血筋」だなんて、ちゃんちゃらおかしいよねぇ。
何百年も続いてるわけじゃあるまいし。続けば偉いってもんでも無いだろうし。

ミトコンドリアの歴史を辿れば「アフリカのイブ」に行き着いちゃうそうだから
人類みな血縁、同じ血筋なんだから。「アフリカのイブ」の子孫って。
せいぜい「モンゴロイド」「ネグロイド」「コーカソイド」くらいの分類
なんじゃないのかな。

自分の血筋じゃなくってももっとふさわしい「他人」が居たら
そっちに譲るくらいの大きさが欲しいよね。
「世のため、人のため」なんて口では言うがそんなのは嘘っぱち
あくまで「自分のため」「自分の家のため」って事だもんな。
人間がちいせぇ。天下国家を論じる「器」ではない。

五百年、千年後の歴史書には「今」の事は
どんな風に書かれているんでしょうな?
きっと、「今もあんまり変わってねえな、人間って。」とか言ってるんだろね。
未来人達は。


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●「食べてすぐ寝ると牛になる」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

あなたは親から

「食べてすぐ寝ると牛になるよ。」と言われた事はないだろうか?

実際、食べてすぐ横になっても牛にはならないけれど
時には病気になる事も有るのでご注意を。

専門的な事はおいといて、簡単に言うと
消化の為に一所懸命胃が活動している時(食事中や直後ね)に横になったりすると
胃酸が食道の方へ流れてしまい食道が胃酸でやられてしまうんだとか。
友達が医者に行ったら「逆流性食道炎」だって言われて初めて知ったんだけどね。
症状としては「むねやけ」とかから始まり、ひどくなるとそれはそれは辛いらしい。
そいつはその後消化器系が色々とやられて飯が食えなくなり体重が激減してた。
見た目ハーフサイズ?って感じになっていた。
ちょっと羨ましい感じも、無くもないが辛いのはいいいいいいいやだ。

元々の胃の状態の個人差(逆流防止機能とか)も有るんだろうが
そいつの場合は仕事が忙しくて晩飯を喰うのがいつも夜中
喰ってすぐ寝る生活を数週間続けていたらなってしまったそうだ。
かく言う私もここんとこ「むねやけ」がするなぁと思っていたら
昨夜夜中にいきなりリヴァースしてしまった。
心当たりは………有りすぎる位にあああああああああある。

「ことわざ」ってちゃんと科学的な裏付けがあるものが多いみたいだ。
まあ、まるっきりの迷信ってのも多いみたいだが。
「ことわざ」ってやっぱり経験則だから「あたり」があるのね。
「三度目の正直」と「二度あることは三度ある」みたいに
どっちに転んでも用意されているしいいいいい。
でも、「牛になる」っていわれてもねぇ。
なるわけないじゃん。人が牛になんか、って思うよね。
ちゃあああああああんと「病気になる」って言ってくれなきゃ。

規則正しい生活を心がけましょう。


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親父復権ちゃぶ台返し&ロックバンド

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やっと終わった三日間。

今年も大賑わいだったPIAフェスタ2008。

我々技者王国のテントでは、「ぶらり途中下車の旅」でお馴染みのギターちゃぶ台を展示販売、それとケミカルウッドの実演販売、
ステージではちゃぶ台返しと親父バンドだ。

テントはこんな感じ

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技者王国はニッポンの「ものづくり」を盛り上げます。 いいね~

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これが噂のギターちゃぶ台。 ピンぼけなのは守秘義務につき・・・ うそ


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卓上NCの登場! ネームプレートをその場で製作。
ケミカルウッドの彫刻体験には、ポニョ?みたいなワークをプレゼント。

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なかなか繁盛しているでしょ?


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でも、テントの中はマッタリ。

来年に向けてマンドリンの練習か?


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そしてステージでは「帰ってきたちゃぶ台返し」!

今年は点数の付いたサークルに入れるポイント制、コントロール重視ですが、みなさん豪快に飛ばしていただきました。

ちなみに食器や食べ物はケミカルウッド製です。
ついでに金銀銅メダルは木製なの。


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今年の技者王国のメインイベント、「究極の親父バンド THE LIFE BLOOD」だ。

カッコイイじゃん。 親父達。
お客さんは座り込んで手拍子してくれたよ。

音楽はイイね~ 来年は技者でバンド組むとか?


今年のPIAフェスタ2008は天候にも恵まれ、大勢の方々が来場された。

最近はその目的も失い、惰性になっているPIAフェスタだが、我々技者王国は製造業を盛り上げるためのお祭りだと心に決め参加している。

来年もまた同じメンバーで参加出来ると良いな。


ミナロではただ今マンドリン練習中~
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PIAフェスタ2008

今年もPIAフェスタの季節がやってきてしまった。

「やってきてしまった」と言うのがホンネ。
このドタバタの状況であれやこれやと手配しなければならない。

断れば良いのに引き受けてしまう性格はいつまで経っても治らないようだ・・・


今年も技者王国は、昨年に引き続き「ちゃぶ台返し」のイベントをやる。


そして、ステージにはゲストとして「究極の親父バンド THE LIFE BLOOD」に来てもらえることとなった。

あのギターちゃぶ台で有名な(株)ヒラトの鈴木社長の知り合いで出演をお願いしたのだが、その鈴木さんもギター奏者としてかり出される事となった。
急遽決まった出演に寝る時間を削って夜中まで練習をしているという、楽しみ半分心配も半分だ。


楽しみと言えばもう一つ。

恒例のマラソンソフトボールで、横浜銀行 vs 横浜信用金庫の対決が観られる。
ビール片手に強烈なヤジを飛ばしてやろうと今から楽しみである。


開催は10月3日~5日。

詳しくはこちらから
横浜金沢産業連絡協議会
PAIフェスタ2008


みんな来てね~
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●『三国志』~歴史を学ぶ~

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

今、パソコンテレビのGyaoで『三国志』をやっている。

中国で作られた連続ドラマで
『三国演義』を細かなエピソードまで拾いドラマ化
一話が約四十五分、全八十四話の超大作である。

DVDも発売されているが全十四巻で、七万いくらかする。

もちろんworking poorの私は迷わず「無料」のGyaoをチョイス。
しかし「無料」ゆえに縛りがある。

毎日一話ずつアップされるのだが、見られるのが一週間だけで
一週間を過ぎると見られなくなってしまうのだ。
ちょっとサボるとあっという間に溜まってしまう。
時間が有っても次の話は明日にならなければ見られない。
もうすぐ全話見終わると言うのに
ここで、一話でも逃したら目も当てられない。

どうしても見たければ「有料」のサイトでみるか
DVDを買うかしなければならない。
そんなことをしたら、スポンサーの思うつぼ。
そんなの許せないので、あくまで「無料」に拘る。
すると、このFucking忙しい毎日、ますます時間が足りなくなる。

と、まあ相変わらずの長い前置きはここまでにして本題。

Gyaoを見たり、『三国志』関係の本を読んだりすると

「あの時代に自分が生きていたら、どんな人生を送るのだろうか?」

といつも思う。登場人物に自分を重ねてみたりして想像を膨らます。
理想を言えば「孔明」か「雲長」が良いんだけれどね。
そこまでの才覚は無いしなぁ。
それに結局は志半ばで死んじゃうわけだしな。
きっと、一兵卒のまま、あっさり「子竜」に切られたりしてご臨終とかなんだろな。
そうなると「阿斗」なんかの方がすごく気楽そうでいいよな。

などなど、取り留めもなく思いを巡らせるのですよ。

歴史を学ぶってこういう事だと思う。
年号を覚えたり事件の名称を覚えたりするんじゃなくって
「原因」と「経過」と「結果」を知った上で
人の行動を参考にして自分の生き方を考えて実行する。
若い頃(今でも若いけどね)よく目上の人に「歴史書」を読めって言われたけれど
そう言うことなんだよね。
有名な「経営者」とかもよく「歴史を学べ」とか言ってるもんね。

中学や高校で習った「歴史」なんてただの「目次」を見てるだけ。
卒業して社会に出てやっと「歴史を学ぶ意味」が判る様になるんだな。
私も大人になったなぁ。(しみじみ)

さて、もうすぐ「五丈原」。
がんばって最後まで見なくては。


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●「ポロシャツ」は着ない。~「ドレスコード」その2

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

私は服装には「拘り(+)」がある。

お洒落かどうかは知らないが
納得のいかないものには袖を通さない。


私は「ポロシャツ」は着ない。
なぜなら「ポロ」なんてスポーツやったことが無いし
別に好きでも何でもないからである。
いや、どちらかというと
<ブルジョア臭>のするスポーツなので嫌いかもしれない。
だから着ない。

私は「ラグビージャージ」は着ない。
なぜなら<ラガーメン>ではないからである。
ラグビーというスポーツは好きだし
オールブラックスのゲームも生で観たことがある。
でも、「ラグビーファン」と言う程ではない。
だからNZに行ってもカンタベリーの「ラグビージャージ」を買わなかった。
ファンでもないのに着たら
本物の<ラガーメン>や<ラグビーファン>に対して失礼な様な気がするから。
だから着ない。

Tシャツにも拘りがある。

自分に関わりの無い、または興味がもてない内容の文字や柄が
プリントされたものは絶対に着ない。
<サーファーズブランド>モノは柄が格好いいのがあるけれど
着るのにちょっと気が引ける。
だって、サーフィンって一回しかやった事が無いから。
一日やっても立てなかった。

ついでだが「デッキシューズ」も履かない。
だって、ヨット持ってないもん。
でも<バスケットシューズ(コンバース限定)>は履く。
バスケットやってないのに。
でも、最近のは履かない。あくまでクラッシックなモデルだけ。
自分にとってはもはや、普通のスニーカーになってる。
(言ってる割には結構、無節操なんじゃないか?)

その昔「UCLA」モノが流行ったことがある。(私が大学生だった頃の事)
三菱自動車が「ミラージュ」のUCLA仕様車なんて
訳のわからない車を出した位に流行った。
当然、街には「UCLA」のTシャツが溢れていた。
自分は「UCLA」の学生では無かったので着なかったが
「日本に卒業生(関係者)がこんなにも居るのか!」と驚いた。

どうしてシャツの柄に無頓着でいられるのだろう?
下着や部屋着として、他人から見えないように着るのなら
何が書いてあっても気にはならないかもしれないが。
自分と全く関わりのない<主張>をしているシャツを着て
よく外を歩けると感心してしまう。

台湾や東南アジアで流行っていると言われる
「面白日本語Tシャツ」(正式名称じゃないよ。)ってのがある。
とにかく「日本語が格好いい!」って事で
意味不明な日本語がプリントされている。
日本語が解っていて、シャレで着る(こういうのは好きです。)のなら
<あり>かもしんないが
解らないで着ていたらちょっと<イタイ>よねぇ。日本人から見たら。

「柄がカッコよきゃ、何でも良いじゃん。」とはいかないなぁ、わたしゃ。
気にし過ぎかねぇ?
ってなわけで。
私のTシャツのチョイスは基本的に無地の綿100パーセントです。
殆どがユニクロです。

「色柄」と「文字」は違うじゃん。「文字」は主張が強すぎるわな、「文字」は。
よく、アメリカなんかじゃ市民運動の「スローガン」とかをプリントして
みんなで着てたりするよね。
大概は、文字をプリントしただけのあまりイけていないシャツだから
他では着ないんだろうと思うけど
場合によっては着る場所を考えないといけない様な時も
きっとあるよな。敵対団体の居る所とかさ。
日本でも東京の小平市では「ダンロップ」や「ヨコハマ」
のTシャツを着ていると…。
愛知県の豊田市では「NISSAN」のTシャツを着ていると…。
別に何もないけどさ。


"I wish these were brains."

と胸にプリントされたTシャツを以前ネットで見たが
あの娘に着せたいなぁ。是非着て欲しい。


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過去最高

大変な仕事がひとつ片づいた。

やり甲斐のある仕事だが、つじつま合わせにとても苦労した。

先月は月の売上で過去最高を記録したばかりだが、今月の売上はさらにその倍、月平均では4倍となり過去最高をはるかに超えた。


4倍の売上を出すにからには皆への負担もかなりだ。

外注加工費も過去最高だ。

新人二人の活躍も大きかった。


いつも前向きに仕事をしてくれるスタッフと、指し値でも加工依頼を引き受けてくれる協力会社に心より感謝する。


そして今日片付いた仕事は、鳩営業殿のおかげでここまでこぎ着けた、表彰状を送りたいくらいだ。


それと鳩営業殿のボスが京都へ招待してくれるらしい。


したら社員旅行は京都へ舞妓はんを見に行くべ~


でも休めるのは来年のGW辺りか~
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●「ドレスコード」その1

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

パーティーや式典などに出席する際に
その場所にふさわしい服装を指示される。
「フォーマルでお越し下さい。」とか
「カジュアルでどうぞ。」とか。
その他諸々、場面毎に事細かに決まっているらしい。
着たきり雀、ましてや「パーティー」なんかに招待
される事のない私にはあまり関係ないけれど。


周りの雰囲気を壊さないようにする為のエチケットであるのだが
私はヨーロッパの貴族社会即ち階級による
「差別」の臭いがプンプンとして嫌いではある。
「私たち支配階級のルールも知らない奴がのこのこと出てくるな。」ってね。
もっとも、ヨーロッパに限った話ではないけれども。
『忠臣蔵』の松の廊下の一件にも出てくるからね。

早い話が、<ある排他的社会>の「約束事」を知っているか否かを
確認する為のものなんだろな。
ある意味、非常に「差別的」。

で、本日の話は一般的な「ドレスコード」の話では無くって
私的「ドレスコード」です。
周りの事なんか知ったこっちゃ無い
自分の為の決め事、服装規定。

私は「ツナギ」であちこち出かけます。
セミナーとかチョットした集まりとか
「ツナギ」のまま参加することが良くあります。
「ツナギ」は私にとってフォーマルなんです。
まあ、油まみれのきったないのは着替えますけど。

軍人さんにとって「軍服」はフォーマルだし
学生さんにとっては「学生服」がフォーマルです。
<軍人にふさわしい服装>、<学生にふさわしい服装>。
式典や葬儀などに出席するのになんの問題も有りません。
細かくいうと「軍服」は式典によって色々決まり事があるそうだけど。

じゃあ、メカニックにとって「ツナギ」がフォーマルで
どこかいけないんでしょうか?
私にとっては「スーツ」の方が自分にふさわしくないんです。
<メカニックにふさわしい服装>は「ツナギ」です。
屁理屈でしょうか?…屁理屈だろうな。
「制服」ってよりは「作業着」だもんな。
と、言っても「ツナギ」で葬儀や結婚式に参列したことは有りませんけれど。
「礼服」もってますから。

基本的には
「周りに迷惑掛けてる訳じゃないんだから、何着ててもいいじゃん。」
ってスタンスです、私。
ビシッとスーツ着てても、やたら「オイニィ」がキツイ奴がいたら
その方が迷惑だよね。周りにとっては。女性の香水の付け過ぎとかね。

以前、アメリカ人の大学教授がなんかがどっかの大学(上智か?…忘れた。)で
「ジーンズは野良着なので、ジーンズで講義を受けるのは罷り成らん。」と
言ったとか言わなかったとかでニュースになっていたけれど
早い話が「自分(=権威?)に対する<敬意>が感じられないから、気に入らん。」って
事でしょ?「つまらん事に拘りやがって。」って感じ。
じゃあ、全身タイツに「ネクタイ」してりゃOKなのか?
学生は「学業」が本分でしょ。基本的に「学業」に服装は関係ない。
だいたい、「ネクタイ」っていう布きれも何の為のものなのか意味が判らないけど。

「ドレスコード」ってのは
以前書いた、「ノンバーバルコミュニケーション」ってやつで
「言葉にしなくても、見た目で判る様に出来るのが便利だな。」ってくらいですかね。
「ちゃんと、一通りのマナーやエチケットを身につけてますよ。」
「<あなたの所属する社会>のルールを心得ていますよ。」って。
まあ、カップラーメン喰ってブランドもん身に付けてる様な奴がいるから
あんまり当てにはならないけれどね。


あっ。私ったら、今は「メカニック」じゃないじゃん。そう言えば。



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●「激怒」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

最近、気になる言葉

「激怒」


テレビのワイドショー、ネットや週刊誌の見出しなどで
「激怒!」
って言葉を最近よく見かける様になった気がする。
気にしだしたから、目に付く様になったのか判らんが。

先日も、出勤前にテレビを観ていたら
ヘッドラインで「○○が××に激怒!」って出てたけど
内容はと言うと
<タレント○○が舞台挨拶かなにかで話してるところに
同席していたタレント××がヤジを飛ばして
それに○○が怒りの演技で応えていた。>ってだけで

何が「激怒」なのやら?

てなもんでした。二人とも笑ってたもん。

まあ、「見出し」だから人の興味を引くように大げさに
短く刺激的な言葉で書くのは判らないでもないけど
「激」でも無ければ、「怒」ですらないのに何なのでしょう?って感じ。

言葉に対する「耐性」が働いちゃってるんでしょうかね。
最初は「刺激的」だった言葉もだんだん慣れちゃってきて
いつの間にか
「コイツ~ッ。プン、プンッ。」ってな、さとう珠緖みたいなのが
「激怒」と=(イコール)になってしまったのでしょうか。

じゃあ、本当の「怒り」はなんて表現すれば良いんでしょう?

言葉が<インフレーション>を起こしてしまっているんだね。
本当の「怒り」に対しての「怒」という言葉の価値が
思いっきり下がってしまっている。

これは「怒り」に限った話ではなくって
他の言葉でも起きているみたいですが。
割と気軽に「死ぬほど」とか「号泣」とか使う輩がいるみたいに。
あと、「マジギレ」とか。本当に「キレちゃった奴」を見たことあるのか?

ただ、自分が見る限りでは
テレビや週刊誌の「見出し」で顕著にみられるけれども
それは先に言ったような理由があるわけで
普通の人の言葉にはまだそれ程<インフレ>が起きている感じでは
ないけれどもね。

でも、マスコミの影響ってのは結構大きいからね。
個人でもブログの記事なんかには影響が出てるかもね。
やたらと表現がオーバーなのとか。

と言うことで

私は、「激怒」の濫用に「大激怒」しています。(プンッ、プンッ)


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今日は創立記念日

本日8月20日はミナロの創立記念日だ。


さっき思い出した・・・

世の中不景気なのかインフレなのかよくわかんない状況だけれども、ミナロは夏休みも取れないくらい忙しい。

それはきっと創業以来7年、ミナロがやってきたことは正しかったからなんだと思う。

景気がどん底の時期に会社を興しここまで来れた。
これから先どんな景気状況になろうが、モノづくりの第一線で仕事をやって行けるだろう。

それには、
とらわれず、おこたらず、道を進めば良いだけだ。


そして、がんばれ日本の製造業~

ミナロが出来て皆が出来ないはずがない。


創立記念日って休みじゃないのぉ?
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●「良心」「自己愛」「美学」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

この記事がいつ、アップされるか知らないけれど
ついさっき(8/2)映画『ダークナイト』を見てきました。
『バットマン・ビギンズ』の続編です。
因みに「ナイト」は<"knight"=騎士>です。
<"night"=夜>じゃあないです。

アメリカで大評判だという話をネットで見たので気になってたら
ららぽーとで先行ロードショウがあるじゃあないですか。

結論から言うと
「とても面白かった」です。

その前の『バットマン』シリーズ(ティム・バートンのやつね)とは
まったく別の設定で(基本は一緒だけれど)
バットマンの誕生(ビギンズ)から宿敵ジョーカーとの対決(ダークナイト)
までのエピソードを再構築したものなんだけど
(まあ、リメイクなのかな)
個人的にはこっちのシリーズの方が断然いい!
ある意味本当の「大人向け」。

二時間半もある映画なんだけど
長さを感じなかった。(お尻がちょっと痛かったけど)
詳しい内容はこれから見る人の為に書かないけれど
特に「ジョーカー」が最高でした。
アメリカでの評判も「ジョーカー」に集中しているらしい。

演じた「ヒース・レジャー」が今年一月に急逝したってーのがあって
『ブラックレイン』の松田優作みたいにバイアスがかかっちゃっている
ところがあるのかも知れないけれどね。
(あっ、別に松田優作がどうこうって言うつもりは無いです。
彼の演技が凄いのは事実だし,自分も好きです。
だた、作品としての評価全体に影響があるかも、って事。)

で、その「ジョーカー」の存在感が圧倒的に凄い。
ヒースの演技が良かったのも事実だけど
個人的に興味を持ったのはストーリーの中の「ジョーカー」という人物設定。

普通、犯罪者というとほとんどの場合
結局は「富を手にする事」(大概の悪党はこれだよね)や
「個人的な復讐」(バットマンはこれなんだよね)
「目立つこと」が<目的>だったりして
ある意味判りやすい。どこかに損得勘定が働いている。
「自己実現の為」の<手段>として「犯罪」を行う。

ところが「ジョーカー」は「悪を為すこと」が<目的>の男。
「金が欲しい」とかの動機で動いていない。
(本当のところは「復讐」とかがあるのかもしれないけれど
物語の中では触れられていない。)
「自己表現」として悪事を為す。アーティストと同じである。
それだけに純粋で恐ろしい。

すべての相手に対して
「俺は<こう>だけど、おまえは<どう>なんだ?」と
犯罪を通して問いかけてくる。
まあ、この辺がこの映画のテーマに絡んでくるんだろうから
これ以上は書かないでおくけれど。

そんな映画です。

で、頭に浮かんだのが今回の記事のタイトル。

「いやぁ、面白かったですよぉ。」


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暑気払い

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先週末はミナロで暑気払いをひらいた。

とある社長の「みんなと話して元気をもらいたい」の一言で急遽決まった暑気払い。

連日の猛暑でヘロヘロになっているミナロとその仲間達へ、少しでも活力になればと。

沢山の方が来てくれました。 入れ替わり立ち替わり30人位かな?

子供達も大喜び。

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今回は1階でバーベキュー、3階で宴会と、社内で会場を移動するなんとも贅沢なセッティング。

こんなことヤル町工場は他にはないだろっ!


ミナロの新人二名の歓迎会も兼ねてのつもりだったが、たくさん働かせてしまった。
あらためて、これからのミナロをよろしく頼みます。


来場頂いた方々、ありがとうございました。


翌昼やっと撤収でした
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やっぱり伏せておこう

昨日の記事の件。

なんだかんだあったとしても、ミナロの名前にまでなった人物だ。

良い想い出だけにしておこう。


コメントくれた方には申し訳ない、ありがとう。

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●「敏感力」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

「鍵、かけたよなぁ?」
家を出てから
玄関の鍵をかけたか、どうかが気になってしまう。

「この仕事を早く終わらせなければ(いけない)。」との思いに
囚われてしまい、他の事に頭が回らなくなる。

「あいつ、オレがまだ仕事しているのに先に帰りやがった。」と
上司に思われる(かも知れない)のが嫌で、仕方なく一緒に残業する。

「神経症気質」の人間にありがちな行動。
自分もどちらかというとこちらに近い人間なのだが。
こんな行動がエスカレートしてしまい
自分で制御出来ない状態になると
メンタルクリニックのお世話にならなくてはいけなくなる。

こういった人間は大抵は
真面目で「気配り」が出来て良く気がつき
他人に対する「思いやり」にあふれている、「良い奴=キクオ君」なのだが
神経が繊細で気が回るだけに「無神経な奴=ドン君」に関わると
心が乱される。「こいつ、気が利かねぇな。」と。
穏和な性格だと「許せてしまう」のだが,そうでないとストレスが溜まる。
上手く発散できれば良いのだが繊細なだけに大概は
ストレスが溜まり続け、攻撃性が高まりヒステリックな行動に出てしまう。

私が思うに
これって一般的な「日本人の気質」
と言っても構わないんじゃないのだろうかと。
血液型占い(占いって言葉が気に入らないが)を信じている訳ではないが
日本人の4割を占めているA型気質とでも言うんだろうか?
他人に気を遣うことで人間関係を円滑にしようとする「気配り」の人々。
人が密集して生活していかざるを得ない、日本人としての心構え。
「江戸しぐさ」ってーやつもそうかな?

で、キクオ君は気が利くのでドン君に対しても色々と気が回る。
よいせば良いのに、ちょこっとお節介。
ところがドン君はお構いなし。気が利かないんだから仕方ない。
そんな鈍いドン君に対してキクオ君はちょっと「切れ気味」。
でも鈍いドン君はキクオ君がどうして「切れ気味」なのか判らない。
そんな鈍いドン君にキクオ君はついに「切れる」。
鈍いドン君、キクオ君が切れている理由に思い至らないので
鈍いドン君は訳も判らず切れているキクオ君に対して
ついに「切れる」。「何、切れてるんだよ!」
かくして二人は抗争状態に。

こんなギスギスした世の中なのできっと
「江戸しぐさ」とか「鈍感力」なんて類の本が出版されるのでしょう。

もっと、お互いに歩み寄らないといけないよね。
キクオ君はドン君に対してもっと「包容力」を持って
ドン君は気が利かないなりにも「気配り」を考えて。
良い世の中になって欲しいよね。

しっかし、気が効かね~奴って多いよな。
どんだけニブきゃ気が済むんだ、って奴等。
「あったまくるぜっ!」

おっと、「包容力」「包容力」っと。



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●「礼節」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

孔子さんは「礼」を大切にしろと仰いました。

相手を敬う心、思いやりの心を持って人に接しろと。

年長者は敬えと。それが「仁」だと。

(細かく言うとチョット違うと言えなくもないけど
だいたいそんなことを言ってます。)

「挨拶」がきちんと出来ない奴はダメだと良く言われます。

どのような業界でも新人研修などでは先ず「挨拶」を教え込まれます。
人間関係全ての基本だと。
ヤの付く業界の人も同じです。いや、同じどころか世間よりも
かなり厳しく教え込まれます。「仁義」にうるさい世界ですから。
話が逸れました。
ともかく何処へ行っても「挨拶」は「基本中の基本」です。

でも、今時は自動販売機でも「挨拶」をします。
朝には「おはようございます。」「行ってらっしゃい。」
昼休みには「こんにちは。」「午後も頑張ってください。」
夕方には「こんばんは。」「お疲れ様でした。」
と言ってくれます。
では、そこに「仁」はあるでしょうか?

自販機を作った人が本当に
「買って頂いて、ありがとう。」と言う気持ちを
何とかして伝えたかったのならそこに「仁」は有りそうですが
自販機自体に「仁」は無さそうですね。
機械的に反応しているだけですから。

機械的に反応しているだけの様に見受けられる人間も世の中には居ます。
入り口が開いたら、その音に反応して
こちらも見ずに店員が発する『いらっしゃいませ。』
マニュアル通りに発声しているだけで
気持ちが全く伝わってこない、『ありがとうございます。』
遭遇した事、有りますよね。

丁寧な言葉遣い、態度ではあるのですが全く心に響かない。
喋る自販機みたいなものですかね。
「巧言令色、鮮し仁」と孔子さんも言ってます。
それでも、「巧言」「令色」があればまだマシな方ですが。

基本の「挨拶」もそうです。
朝に顔を合わせてしまったので条件反射で
「おはよう。」と。
帰りがけに顔を合わせてしまったので条件反射で
「お疲れ様。」と。
ただ言えば良いというものでは有りません。

「今日も一日、一緒に頑張りましょう。」と思えばこそ
「おはよう。」と声をかけ
「一日の仕事が終わり、お互いに疲れましたね。」と思えばこそ
「お疲れ様。」と声をかける。
「おう。」でも「んちゃっ!」でも構いません
気持ちから自然にでる言葉。
これが本当の「仁」の有る「挨拶」です。

私は「虚礼」が嫌いです。
虚しい「礼」。「仁」の無い「礼」ですね。
上辺だけの付き合いの「年賀状」や「お中元」「お歳暮」…。
「おめでとう。」何がお目出度いのか判りません。
「お世話になります。」何もお世話した覚えが有りません。
いわゆる「社交辞令」も度が過ぎると嫌みに感じます。
勿論、こんな私でも「それなりの社会人」を自認していますから上記の
全てを否定するわけでは有りませんし「社交辞令」だってたしなみます。
たとえ「社交辞令」だろうと関係を良好に保つのに効果が有る事は
承知しています。只の天の邪鬼ではないつもりです。
でもやはり「仁」の感じられない「社交辞令」には「拒絶反応」が起きます。
<自分から>「今度、飲みに行きましょう。」と口にしたら私は必ず行きます。
約束を守らないのは「仁」から最も遠い行為だと思いますから。
もっとも、飲めないので誘わないんですけれど。

心ここにあらずで「おはようございます。」とか言われても
ちっとも気分良くなりません。かえって気分が悪くなります。
「おぁよ~。」とか怠そうに言われたら最悪です。
返事を返すのも面倒です。早朝は特に。
でも一応は返事をします。「礼儀」ですから。

朝、コンビニエンスストアの店員さんはレジで
「おはようございます。」と声を掛けてくれます。
でも無愛想です。マニュアルに従っているだけだからでしょう。
だからか、見ていると殆どのお客さんは返事をしません。
でも、私は必ず「おはようございます。」と言われたら
「おはようございます。」と返します。
すると次の次くらいからはその店員さんは
私には笑顔で「おはようございます。」と言ってくれる様になります。
本当の「挨拶」をしてくれるのです。
こうなるとこちらも気分が良くなります。

誰にでも分け隔て無く
「仁」のある態度で接することが出来るのが理想でしょうが
凡人の私にはまだ無理です。努力はしているつもりですが。
「仁」の感じられない態度にはそれなりの対応をしてしまう事があります。
まだまだ修行が足りません。
「挨拶」一つ満足に出来ないなんて「人間失格」です。
生きている資格が有りません。だから、頑張ります。
死ぬまで修行です。

この文章を最後まで読んで頂いた方々
私のつまらぬ駄文にお付き合いありがとうございました。
皆様のご健康ご活躍をお祈りしております。(ほら、ねっ!)


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●「共笑」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

他人との相性を計るのに

「笑いのツボ」ってかなり重要だと思っている。

同じ「ツボ」で「一緒に笑う」ことを

「共笑」という。(か、どうかは知らない。)

同じ事を同じように面白いと感じる「感性」。
この「感性」が違う人間とは馬が合わないことが多い。
中には他の部分で通じ合えたりするから
絶対じゃ無いけれどさ。
でもやっぱ、「一緒に笑えない」んだもん。
ちょっと「すれ違い」を感じる。

自分が大笑いしているのに横で冷めた目でみられたら
自分が変な奴みたい(実際、変かも知れないけど)じゃん。
さらに「何処が面白いの?」なんて訊かれて
笑いをいちいち説明なんかした日にゃ、興ざめもいいとこだよね。
で、大概は説明しても判って貰えない。
そりゃそうだ「理屈」じゃなくて「感性」だもの。

逆にちっとも面白くないのに大笑いされると
「こいつの頭の中にはどういう回路が出来てんだ?」と
引いてしまうっしょ。
つられて「愛想笑い」なんかしちゃったら自己嫌悪。
まあ、でも
そんな時って「笑っているそいつが可笑しくて」
自分も笑ってしまったりするから
結局は一緒に笑ってたりするので
端から見れば、「一緒に笑っている」って画にはなるのだけど。

「一緒に笑っていて」も
実は「ツボ」がずれてたりする事ってよくあるよね。
同じタイミングで「一緒に笑っている」けど
全然違う理由だったりする事が。

「オヤジギャグそのもの」が面白くて笑っているのか。
「オヤジギャグを言っているオヤジの存在」が面白くて笑っているのか。
「オヤジギャグが面白くて笑っている奴の存在」が面白くて笑っているのか。
「オヤジギャグが面白くて笑っている奴とオヤジギャグを言っているオヤジ
が面白くて笑っている奴が一緒に笑っている場面」が面白くて笑っているのか。
「オヤジギャグが面白くて笑っている奴とオヤジギャグを言っているオヤジ
が面白くて笑っている奴が一緒に笑っている場面が面白くて笑っている奴の
存在に気付いた奴が笑っている事」が面白くて笑っているのか。

この場合「一緒に笑っている」けれどそれぞれの「ツボ」が違うので「共笑」では無い。

まあ、何れにせよ「笑いのない人生」ほどつまらないものは無いと
誰か(Y2の人、私の「ツボ」です)がブログに書いていたが。その通り。
笑いは人生を豊かにします。

なるべく「一緒に笑って」過ごしましょう。
そして「共笑」出来る相手を出来るだけたくさん捜しましょ。

今の私の旬な「ツボ」は「鳥居みゆき」です。
(この「ツボ」はかなり特殊ではないかと思うけど。まさに「秘孔」だね。)


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暑い日はアイスに限る

もう梅雨は明けたのか??というほど暑い日が続いている今日この頃ですが。
ミナロには、こまった営業さんが出入りしている。

昨日も突然電話が来て「助けてくださいっっ!」と。

「どうしたの?」と聞くと。


「品物に梱包材がくっつき、塗装がはげてしまったんです。
納期は明日の朝なんですーーーーっ。」


「あらあら、わかった持ってきな。
出来ることと出来ないことがあるけどね。」


しばらくすると、泣きっ面でその営業が現れた。

客先と加工元との対応にいっぱいいっぱいの様で、飯もろくに喰っていないと。
しかも塗装がはげたのは彼のせいでは無いらしい。


どれどれと品物を預かり、塗装が凹んでいる部分にペーパーをあて、同色の缶スプレーを探して、シュッと塗り直し。

大騒ぎするほどの事じゃ無かった、30分も掛からず綺麗に直った。


塗装が乾く間、「ちとアイス買ってきてくれる?」と彼に頼んだ。


アイスを食べながら「塗装の代金はいくらですか?ちゃんと払わないと怒られますっっ」と彼は言う。

だがね、30分の仕事で数千円もらうより、ハーゲンダッツのアイスクリームをおごってくれた方がうれしいのさ。

それに塗り直しで金使ってたらあなたの利益がなくなっちゃうでしょ。


夏のミナロを動かすには、金よりアイス!


でも次は良い仕事もお願いね。


ごちそうさま
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●知識とアイデア

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

『アイデア』とは何も無いところから

突然と生まれてくるものではない。

蓄積された知識や経験の「組み合わせ」の中から

生まれてくるものである。

とは、よく言われている事である。


『アイデア』を出すには
『アイデア』の元になる<知識>と
<知識>を『アイデア』に加工する為の[知恵]が必要である。

このあたりをちょっと工学的に考察してみようと思う。

と、言ってもあんましムズイのは好きではないので
「工学的に考察してみよう」って程でもないので
お付き合いを。

与えられた<ネタ>からどれだけ新しいものが作り出せるか?
っていうゲームだと思ってください。
ルールは簡単。与えられた数字から『違う数字』を作る。それだけ。

<ネタ>はとりあえず 1、2、3

この3個の数字を使って『違う数字』を作る[方法]を考えて下さい。
あと、一回の[方法]で使える<ネタ>はひとつずつにして下さい。
同じ数字は使えないって事ね。これが唯一の「縛り」かな。
複雑にし過ぎない為の「縛り」です。
[方法]に制限は有りません。っていうか考える事が大事なので
ここに制限が有ったら意味がない。

具体的にやった方が分かり易いな。

先ず一つの[方法]は「足し算」。

1+3=4 ほら、 『4』が出来た。
2+3=5 次は  『5』が出来ました。
1+2+3=    『6』 これで三個の『違う数字』が出来ました。

こうなると「引き算」「かけ算」「割り算」も使えそうですね。
  1+2X3=『7』
(1+3)X2=『8』
(1+2)X3=『9』
3÷2=『1.5』なんてのが出てきた。
「数学」で学んだ事が色々と応用出来そうですな。

あと、他の[方法]は?どんなのが考えつきます?

[並べる]はどうでしょう?
1と2で 『12』、2と1で『21』、1と2と3で『123』。

ここで「反則だ!」とか思ったあなた。アタマ固過ぎです。
「数学を使って作る」なんて「縛り」は有りませんよ。

そうなるとこれに数学を合わせて
12の3乗なんてのも出来ますね。
12x12X12=『1728』。

こうやって出来るだけ多くの『違う数字』を作る[方法]を考えてください。


さて、このゲームから判ること。

○<ネタ>、[方法]は数が多いほど、『違う数字』が多く作れる。
○[方法]に「縛り」が有ると、作れる『違う数字』が少なくなる。
○[方法]の組み合わせも、別の[方法]になる。

もう、お判りですね。
<ネタ>=<知識>が多ければ多いほど
『違う数字』=『アイデア』が多く出来る。
[方法]=[知恵]には「縛り」を設けず、柔軟な発想が大切である。
その方が『違う数字』=『アイデア』が豊富に出来る。
「連想」で新たな[知恵]が生まれる。
そう、「ブレイン=ストーミング」と同じです。

一見、なんの関係もない様な事柄でも新しいアイデアに結びつくことが
有ります。
発想が突飛だとしても、そこから新しいアイデアが生まれる事も有ります。

「自分(の仕事)には関係ないや。」と、異質なものを拒絶する。
「自分には判らない(出来ない)から。」と関心を持たない。
「何を、馬鹿げた事を言ってるんだ。」と突飛な発想を否定する。
考える事(連想)を止めてしまう。
こんな事では、新しいこと『アイデア』を生み出す事は出来ません。

生活が、仕事がルーティン化している。変化のない日常を送っている。
「まともな事」しか考えない。「無駄」「遊び」を許容しない。
こんな頭の固い人間はつまらなくありませんか?
安定してしまうといつの間にかアタマは固くなってしまいます。
筋肉と同じで硬直してしまうのです。

「つまらない人間」からは決して「面白いモノ」は生まれません。
生まれるのは「つまらないモノ」だけです。


「『真面目なだけが取り柄の奴』はそりゃあ世の中には必要かもしれんが
それだけの奴ぁオラのそばには必らねぇ。オモローな奴出てこいやぁ~!」
「どっかに、面白い奴はいね~がぁ~!」



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●「ポジ言葉」「ネガ言葉」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

「良い意味」「肯定的」に使われるのが「ポジ言葉」。

「悪い意味」「否定的」に使われるのが「ネガ言葉」。

私の造語です。

日常「会話」の中では
表情や声のトーンとか他の情報があるので
その言葉が「ポジ」か「ネガ」かは判断が付きやすいけど
「書き言葉」になるといまいちニュアンスが伝わらなくなる。
書き手がその言葉に持つ「感覚」と読み手のそれとが
一致していないと
褒めたつもりが怒られたり、皮肉のつもりが感謝されたりと
ちぐはぐなリアクションに出くわす。

「やばいよ!これっ!」って本当に「やばい」のか
「やばいくらいに良い」のか?
「ぜんぜん」って「良い」のか「悪い」のか?
「バカヤロウ」って「イヤな奴」なのか、「愛すべき人物」なのか?

この辺りの表現の不足を埋めるために
(笑)や顔文字や絵文字が使われているのだろうが
文章としてどうなのか?って思いが個人的にはある。
顔文字を多用した文章を書くオヤジって端から見てどうなの?
(爆笑)とか独りよがりで書いてある<笑えない文章>って
読んでて気持ち悪いんだけど、私だけ?

まあ、プロの物書きでは無いのであんまり細かいことを
気にして書いてはいないけれど
自分の意図が正確に伝わらない状態はあまり気持ちのいいものではない。
また、あまりに言葉に対して「無頓着」だと「雑な人間」と思われてしまう。
別に「凄い人」だと思われたい訳じゃないけど
「なんだ、こいつ。」と思われたりするのもねぇ。

さらにやっかいなのは普通の言葉(単語)でも
自分の使う「感覚」と読み手の「感覚」が一致していない場合がある時。
これが色々と誤解を招く事になる。
差別的なニュアンスを含む場合とか。
例えば、「シナそば」のシナ(ATOKの辞書に入ってないよ。やっぱりそうなのか。)
自分では"China"の当て字で中国の呼び名の一つくらいにしか感じないけど
侮辱的な言葉らしいので中国の人に対しては使わないほうが良いらしい。

「ジャップ」なんてのもアメリカ人に面と向かって言われたら
明らかに侮辱されているのが判るから頭に来ると思うけど
"JAP"なんて書いてあってもJAPANの略称か?くらいにしか思わない。
まあ略称なら"JPN"が正しいんでしょうけど。

本人にはまるでそんなつもりは無いのに
言葉に無頓着な為に要らぬ恨みを買ったりするのは本意ではない。

差別的な言葉以外にも、今と昔で用い方がまるで逆の言葉がある。
「拘る」「こだわり」ってかつては「些細なことに拘る。」とかって
本来は「ネガ言葉」だったらしいんだけど、今では「ポジ言葉」として認知されている。
「オタク」だって岡田斗司夫氏は「侮蔑」を含んだ言葉として自嘲的に
使っていた(ような記憶がある。思いこみかも知れないが)し
少なくとも当時は「ポジ」のニュアンスはなかったはずだったけれど
いつの間にか「マニア」「専門家」みたいなニュアンスになり
今ではどちらかというと「ポジ言葉」として使っている人が多い様に思う。

明らかな誤用は問題外だが、人によって受け取り方が違いそうな言葉。
しかも、<今まさに「ネガ」「ポジ」が逆転しようとしている言葉>なんてのは
文脈を上手く持って行かないと訳が判らない文章になりそう。

そこで、考えました。
自分が「ポジ言葉」として使っていることを強調する為に
単語の後ろに(+)と付けて表現する事を。
「ネガ言葉」には(-)ね。
オタク(+)とかヲタク(-)とか。(これは私の用法例)
大絶賛の意味を強調したい時には(+++)とか。

そんなの使う前に文章力を磨け、ってなもんだし
実際、使うかどうか判らないけど
文章を簡潔にしたい時などの非常手段として
使ってみてもいいかな、と…。

んっ?絵文字を使う発想とあまり変わらないか?



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●「運も実力のウチ」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

よく、一流のスポーツ選手とかに使うよね。

「あの場面で出番が回ってきて、結果を出せるなんて。すばらしい選手ですね。」
「運も実力のウチといいますからねぇ。」
(種目を特定しないように表現したら、なんか曖昧)みたいな。

まあ、「ここぞ!」と言う時に実力が出せるように
日頃の鍛錬があるからなんだろうけど。
それでもやはり、実力以上の「運」ていうのを感じるわなぁ。

でも、もしかして、これって全ての人に当てはまるんじゃ無かろうか?

「幸運の女神」が憑いているんじゃなかろうか?
てな具合に、物事が順調に進む人が居たり

かと思えば、「疫病神」とお友達?
と思うばかりにトラブルに遭遇する人が居たり。

「因果応報」や「自業自得」って言葉もあるけれど
どうも、それだけじゃ無さそうな気がする。
「神に選ばれた者」
みたいな人智を超えた力が働いているんじゃ無いかと。

自分の仕事で言えば
「やっちまった!」と思ったけど結果オーライだった事もあれば
自分にはなんの落ち度もないのに結局、仕事がお釈迦になったりとか。
自分では今ひとつ、自分の「運」の量がつかめてないけどさ。
まあ、「実力」も「運」も人並みだとは思ってるんだが。どうだか?

聞いた話なんだけど
とある「アイドル発掘イベント」(○○キャラバンとかね)では
毎日山のように応募書類が届くらしいのだが
開封前に、箱に入れて運んだり、机の上に乗せたりした時に
床に落ちたりした書類はそのままゴミとして棄ててしまうんだそうだ。
いちいち拾ったりしないんだと。勿論、中身を見る事も無く、だよ。
貧乏性の自分なら
「もしかしてこの中にグランプリ候補がいるかもよ?」
とかって心配になるんだけどねぇ。

そう。この時点でもう選考が始まってるんですよ。
応募者の「運」が計られている。
書類が床に落ちた時点でその人間には「運」が無いから駄目だと。
そんな人間が国民的アイドルなんかに成れるわけが無いと。
逆に言うと
大成する人は、成る可くしてなるもんで
初めからそうと決まっているんだと。「運命論」かねぇ。

仕事上の「能力」は有るはずなのになんだか上手く事が運ばない。
そんな人って必ずどこかに居るんだよなぁ。
そんな人間が一人でも会社に居ると会社全体の
志気や業績に関わってくるよなぁ。
本人にはなんの罪もないんだけどね。
それだけに余計に志気が下がりそうだよね。そう言うのって。

そいつが入社したが為に会社が倒産!
なんて事は世の中に無いのだろうか?
ライバル会社に送り込めば強力な「兵器」になるよな。

勿論、まるきり逆の人間も居るだろうなぁ。
入社したとたんに業績が急上昇
あっという間に一部上場とか。
本人の「実力」は関係無くね。

絶対に居るはずだ。聞いた事が無いのは
非科学的だから、誰も気付かないフリをしているか
「実力」がバイアスかけてて「運」に目がいってないか。
さもなくば、気付いているけど会社が隠しているからだ。
「我が社の業績が好調なのは、この人が<居るから>です。」
なんて、言わないよな。オカルトっぽいもんね。

そう言う観点で見たら、オレってどんな人間だろう?
人並みとは言ってるけど…。過去の記憶を辿ってみると……。

求む、最強の「あげまん」!



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●デザインって?

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

「デザインって何?」って言うのは

昔から良く言われていて

「これだ!」って言う答えはなかなか無いんだけど…。

自分がデザイン科の学生だった遙か昔の事
日本デザイン学会かなんかが「デザインの定義」について
学生とかにも意見を聞こうとしたのか、教授に尋ねられた事があったけど
”design”に最もふさわしい日本語訳は何?みたいな事。
その後どうなったのかねぇ?「定義」。

個人的にはあまり興味がないんでその後フォローしていないんだけど。

だいたい「デザイン」ってひとくくりで言うけど
ポスターだ、服だ、工業製品だ、家だなんだかんだと平面もあれば立体も有るし
環境デザインとかなんとかってのもあるし
DESIGNって英和辞書で引くと「設計」の意味もあるし
”designer”って言うと「設計者」だよね。
遺伝子操作された子供をデザイナーズベイビーとか呼んじゃうし
かなり意味的には広範囲で曖昧だよね。

普通の人がイメージする「デザイン」だと
「斬新な色づかいで…。」とか
「流れるような曲線を上手く取り入れて…。」とか
とにかく「綺麗」とか「カッコイイ」とかが=「デザイン」なんじゃ無いのかな?

ここからは私見だけど
皆さん「デザイン」を狭義に捉えすぎてるんじゃないのかな?
例えば
設計の仕事をしている人。まあ、いわゆる図面屋さん。
「私はデザイナーではないので、デザインの事は判らないのですが…。」
なんて言ってるのを聞くけど
アメリカ人(イギリス人でもいいけど)と仕事する時には
あなたは”Designer"になるんですよ。「設計者」だから。
「でざいなーナノニ、でざいなーデハ、ナイ??コレガ、とんちトイウモノ、デスカ?」
なんて思われてしまうでしょう。
設計出来るって事は、充分デザイン出来てるって事。
充分に練られた無駄のない設計はすばらしいデザインです。

「アイデア」を「カタチ」にする事。が「デザイン」なんじゃないでしょか?

で、その中に「良いデザイン」と「悪いデザイン」がある。
「みてくれ」ばっかりで、使いにくい道具とかって有るでしょ。
そんなのはダメデザインだよね。(プロダクト系に限って話を進めるけど)
(使いにくさをガマン出来る。ほどカッコイイってのもあるにはあるが)

結局は、大衆に受け入れられたのが「良いデザイン」って事なんでしょう。
「見た目がカッコイイ」ってのもあれば「使い勝手がいい」ってのもあるだろうけれど
要は、「アイデア」がしっかりと「カタチ」になっているかどうかだよね。
さらに流行なんてファクターも入ってくるから難しいんだけど。
何しろ「デザイン」には数学のようにこれだといった「正解」が無いからね
あくまで人それぞれの「主観」に左右されるから。
もし「正解」があったら全てのモノが同じ「カタチ」になってしまう。

んで、先の図面屋さんが言うところの「デザイン」「デザイナー」とはなんじゃらほい?

私は個人的には「デザイン」「デザイナー」と明確に区別して
「スタイリング」「スタイリスト」と呼んでます。
一般的かどうかは判らないけどね。(勿論アパレル系は置いといて)
構造や生産工程なんか一切お構いなしに、ひたすら「カッコイイ」だけを
求める仕事。その人。

制約が無いところで自由に発想を広げる。
その事は非常に重要だとは思う。制約でがんじがらめになると
柔軟な発想が妨げられる。新しいものが生まれにくくなる。
事実でしょう。

でも、でもね、そのままじゃ「カタチ」に落とし込めなかったりするんだよねぇ。
カッコイイんだけど、「どうやって作るの?」「幾ら掛かるんだ?」みたいな。
「絵に描いた餅」じゃあねぇ。喰えやしねぇ。

その辺りをきちんと「カタチ」に落とし込む事までが出来るかどうかが大切。
「スタイリング」と「デザイン」をバランス良くまとめられる人。
「スタイリング」が出来る「設計者」。
それが私的、真の「デザイナー」かな。

世の中には図面も読めない様な
<押し>が強いだけの自称「デザイナー」さんがあふれています。
「これからはデザイン戦略が重要!」なんて周りが持ち上げるから
勘違いしちゃうのが出てくる。
大企業なら分業制できちんとフォロー出来るプロフェッショナルがそばにいるから
「スタイリスト」さんでも仕事になるかも知れないけど
よっぽど才能有る「スタイリスト」さんじゃないと
ただの「うざい奴」で終わっちゃうよな。
「どういう構造なの?材質は?」
『そこまでは考えていません。』
「こんなのカタチに出来そうにないけど。ちゃんと機能するの?」
『それを考えるのはあなたの仕事でしょ。』
「もの凄くコストがかかりそうだけど。ペイ出来るの?」
『それを考えるのは私の仕事では有りません。』
「……。」
なんてね。

まあ、「設計」と「生産」の現場の間にも良くある話だが。



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●一体何が?

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

先日見た、気になるニュース。

27歳の巡査が57歳の違反したオヤジ(親じゃ無いよ)に泣きつかれて
2点減点(左折禁止)の違反を1点減点(携帯使用)の違反にしてやったら
当のオヤジが二日後に警察暑に「どうなのよ?」って言ってきて
嘘がばれて処分された、って事なんだけど。

このオヤジの頭の中はどうなっていて
そして二日の間に一体何があったんだろう?

悪魔と天使がせめぎ合って、結局天使が勝ったので申し出たのだろうか?
ちがうだろうな。だいたいこのオヤジあと2点で免停だったくらい
(実際この後免停になったらしい)だから、違反常習者の可能性もある。
そんなオヤジの正義感なんて信用できない。
じゃあ、黙っていればいいものを何故わざわざ申し出たのか?
そこんところが良く判らない。
見逃して貰ったけど、結局その後すぐに別のとこで捕まって
やっぱり免停って事になったので道連れにしたのか?

色々な想像が出来るけど、いずれにせよ想定外の行動だよな。

処分された巡査もばれた時「え?何で?」って固まってしまったんじゃないか
と思うと気の毒やら、可笑しいやら。
人間不信になるよな絶対。
これが切っ掛けで、立派な「嫌なおまわり」になっちゃうんだろか?

巡査の驚く姿を想像したらガマン出来なくなって
免停覚悟の洒落でやったのなら、凄いオヤジだ。

巡査とオヤジ、どっちが人として、より正しいかはさておいて
ともかく、びっくりするような奴が世の中には居るねぇ。

人間って面白い。



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●「プラシーボ効果」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

んっ?このタイトルは以前使ったかな?
まあ、いいか。

世間を騒がせた「毒ギョーザ事件」
きっと、この記事がアップされる頃には
忘れ去られているだろうけれど。
書いている時点では3月末。既に…。

今回の騒動で私が一番興味をもったのがですね
新聞の見出しで見たんだけれども

http://www.yomiuri.co.jp/gourmet/news/20080210gr01.htm

「健康被害を訴えた人が2700人
でも実際に中毒症状が確認できたのは10人」だって。

2690人は何なの?ってー事。
訳も判らず「あっ!冷凍食品食べちゃった。」ってだけで
もうパニクっちゃったんだろか?

多分、一部は「因縁付けて金取ろう」って輩だろうけど
その他の大部分はニュースを見ているうちに
「なんだか気持ち悪くなってきた。毒が入ってたかも?」
って<思っただけ>で本当に具合が悪くなっちゃったんだろうね。

多分、信じやすい、と言うか暗示に掛かりやすい人達なんだろうな。
この2690人相手に「催眠商法」をやったら
良いお客さんになるだろうに。
そんなリストってないのかな?「暗示に掛かり易い人リスト」って。
一度悪徳商法に引っかかると業者間の「リスト」に載るらしいからね。

それにしても「意志」のパワーには改めて驚かされる。
「只の小麦粉」でも本当に「腹痛」が治ったりするんだろうか?
「プラシーボ効果」って聞くけど実際に見たこと無いからなぁ。
子供の頃でも「いたいの、いたいの、とんでけ~」って言われても
「飛んでくかっ!痛いもんは痛いわっ。」と思ってたし。

「病は気から」って言葉があるけど「治癒も気から」なんだろうか?
「気」の力、あなどりがたし。


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その後の冬子さん

Img_6737

冬子さんファンの方、お待たせしました!

あの美しき冬子さんがミナロへ入院したその後は・・・

先月、皮膚の具合が悪くて入院した冬子さん。

Img_6740

ミナロの特殊外科チームにて、綺麗に皮をはがされたところまでは、お伝えしましたが



Img_6790

Img_6800

皮を剥くと中から出てきたのは、骨ではなく、FRPの殻。

しかも、所々殻が破けています。

(頭蓋骨が取れて頭の内側が見えます)



Img_6805

殻をボンドで接着・・・と行きたいところですが、それではまた割れてくる可能性があります。

そこで、FRPの殻と同じガラスクロスにエポキシ樹脂を浸し、患部を覆うように接着。

(赤く見えるのはパテです)



Img_6803

エポキシ樹脂が乾いたところで、紙ヤスリでサンディング。

これで皮膚の再生が出来ました。

次は泥風呂・・・



Img_6913

Img_6916

ではなくて、下地のサフェーサーを全身に塗ります。

グレーのサフェは、細かいキズや凹みがよく見えますから、そこへもう一度パテを盛り仕上げ。

それを何度もくり返し、これでアバタも消えます。


長期入院の冬子さん、そろそろエミリアがこいしくなったはず。

果たして冬さんはいつ退院できるのだろうか・・・



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●「前頭葉」versus「扁桃体」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

「理屈じゃあ、判っちゃいるけどどうしても駄目なんだよね。」

って状態の事。

最近「脳に関する本」がブームなのか
本屋に行くと結構目に付く
ここのところそんな本を立て続けに読んだので
こんなタイトルになった。

そうか、「前頭葉」って理性を司るのね
人を人たらしめているのが「前頭葉」なのか。

「扁桃体」は好き・嫌い、快・不快を判断するところ
本能的と言って構わないでしょう。

「扁桃体」は記憶を司る「海馬」のすぐ近くにあり
記憶とも密接に関連しているらしい。


サルは生まれつきヘビが大嫌い
たとえオモチャのヘビでもオリに入れると大騒ぎ。
オモチャである、と言った判断は
ヒト程には「前頭葉」が発達していないので出来ない。

ところが「扁桃体」がぶっ壊れた小ザルは
ヘビのオモチャに全くビビらない。
手にとって口に入れてみたりする。
実験動物なので人為的に「扁桃体」がぶっ壊されているのだが
こいつは自然界ではすぐ死んじゃうだろうな。
危険(不快)に対するセンサーが働かない。

ヒトも「扁桃体」の判断には逆らえない。
自分の身を守るのに必要な判断だから。
ただ、「前頭葉」が理性で抑える事は出来る。
「嫌だけどガマンする。」「危険を承知で挑戦する。」って事。
この状態が<「前頭葉」versus「扁桃体」>。

あまり良い状態とは言えなさそうだが
ストレス(負荷)がかかっている方が
脳は活発に働くそうなので
ある意味「良い状態」(脳トレ状態?)なのかも知れない。
脳に負荷をかけない生活をしていると
ボケるって書いてある本も有った。

他人との相性もきっと「扁桃体」が関係しているんだろう。
「何か」をされたわけでもないし何か嫌な関係が有った訳でも無い
「コレコレ、こうだから苦手。」って明確な理由も無い。
(捜せば出てくるんだけど、これは「苦手」が前提だから出てくる様な気もするし)
ともかく、「なんか苦手な人」っていませんか?

「前頭葉」は「そんな事じゃ、人として失格だよ。」と言ってるんだけど
「扁桃体」は「近づけるな、関わるな。」って言ってるのかな?
で、一度「苦手。」となるとその人物の色んな事が気に入らなくなる。
だんだん「前頭葉」が劣勢に。がんばれ「前頭葉」。

「前頭葉」の抑制が利かなくなって攻撃的な行動に出ちゃうのが
いわゆる「いじめ」の理由なのかな?
まあ、自分は多少は分別があるので「いじめ」なんかしたことないどさ。

逆に理由も良く判らないのに「大好きな人」とかもいるでしょ。
「好き」となると、あばたもえくぼで何でも良く見えちゃう。
こっちも抑制が利かないと「ストーカー」になっちゃたりするんだろな。
「前頭葉」の考える「段取り」とか「良識」とか
「相手の気持ちを考える事」とかをすっ飛ばしちゃって。

<「前頭葉」versus「扁桃体」>
「前頭葉」が勝っているうちは良いのだけど
なんせ相手はより本能的な「扁桃体」。
かなり手強いよなぁ。完全勝利はあり得ないよね。
歴史的にも「扁桃体」の方が長いんだろうし。
っていうか、なにより完全勝利はもう「人間じゃない」状態だわな。

日常的に脳内で繰り広げられている内なる戦い
<「前頭葉」versus「扁桃体」>
両方とも仲良くしてよ~。同じ脳内会のよしみでさぁ。
特に「扁桃体」。もう少しおとなしくしなさいよ。

まあ、なんかの切っ掛けで「扁桃体」がその判断を変えるかも知れないから
それまでは脳トレのつもりで、その時が来るのを待ちますか。



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【ゴルフコンペ】みどり会

20080413a
4月13日の日曜日に、箱根園ゴルフ場でコンペを開催した。

当日の天気予報は曇り。
降水確率40%の微妙な天候だった。

しかし集まった12名の行いが良いのだろう、午後には晴れ間もみえるほど回復していた。


このゴルフコンペ「みどり会」は、今年の居酒屋ミナロの新年会で、ユーアイテックの橘さんが言い出した企画だった。

そして、その言い出しっぺである橘さんが、第一回大会の優勝者となった。

ハンディキャップを初回の大会につき自己申告制にしたとはいえ、H.C25はちと多すぎました。
グロスで95で回る腕前ですから。

次はH.C大幅カットです。w


みどりかわがゴルフを始めて1年が経ちましたが、ゼンゼンうまくなりません。

練習場やショートコースでは、こりゃ100切りどころか80だってねらえるぜ!
というくらいナイスショットなのですが・・・

しかし、うまく行かないところがまたやる気にさせる魅力かも知れませね。

40を過ぎて始めたゴルフ。
はまりやすいタチですから、今までは避けていましたが、まんまとその魅力に取り憑かれてしまいました。


20080413b_2

次回のコンペは夏です、参加したいと言う方はメール下さいな。

一緒に大叩きしましょう。w


ゴルフのスコアもカネ次第?
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●ウラシマ効果

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

アインシュタインの相対性理論によると

「高速度で移動する物体は時間の流れが遅くなる」らしい

速ければ速いほど、時間はゆっくりと流れる。

「ウラシマ効果」と呼ばれているそうだ。

実験で、ジェット戦闘機に原子時計を載せて暫く飛行したら
地上の時計よりほんの少しだが遅れたのだそうだ。

と、言う事は
そのパイロットは地上の人間よりも
遅れた時間分だけ若いと言う事。

<高速度で移動する機会の多い人間>ってのは
そうでない人間よりも若いって事になるのか?
宇宙飛行士、パイロット、新幹線の運転手
レーシングドライバー、レーシングライダー、etc.。

そう、我々<オートバイ乗り>は乗らない人間より若いのである。
気持ちの問題ではなく
高速度で移動した分だけ、乗らない人より実際に年齢が若いのだ。
アインシュタインが言ったんだから間違いない。

さて、今日も<時間>を縮めるとするか。
その分<寿命>が縮まっていなければ良いのだが…。



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ぼやき

各方面から問い合わせがひっきりなし来る。

ありがたい事ではあるのだが。

気がつくともう月末。

支払や給与の計算、請求漏れがないかチェックするヒマも無かったが、なんとか午前中に片づけて銀行に行こうと思ったら、もう午後3時過ぎてた・・・


メールや電話で来る問い合わせの対応に追われ、つい指示ミスをしてしまう。

今日は、R/Lの勝手違い2台1組を伝えきれず、片側1台だけしか作られなかった・・・ スマン


静岡行きが減ったと思ったら見積地獄だ。

そろそろ、東名高速をかっ飛ばしたいぜ。


て、本当に注文来たらどうしよう・・・
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●「一を聞いて十を知る」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

孔子が一番弟子の顔回を評しての言葉なのだが

なかなか凡人には出来ない事である。

でも、せめて「一を聞いて三を知る」くらいにはなりたいものだ。

相手の発言の意図に考えが及ばず
言われたまま、言葉通りにしか受け取れない人がいる。

「今なにしてるの?」
「電話してる。」
「あっ、そうか電話してるんだよね、お母さんは居る?」
「居るよ。……。」

「お母さんは居る?」は母親が居るか居ないかを
尋ねているのではなく
「お母さんに電話を代わって欲しい。」と言う意味なのが理解できない。

子供相手なら微笑ましくもあるが
似たような事をしている大人がいるのだ。
しかも大人だと、判ってやっているのか
本当に言葉通りにしか聞いて居ないのか
判断が付きかねない場合が多々あるのでやっかいだ。

「社長さんはいらっしゃいますか?」
「居ますよ。…………。」
「…………。代わって貰えます?」
「ああ、はい。」

「お前のことを快く思っていない。」という意図を<ほのめかす>為に
電話をすぐには取り次がないのだが
相手には伝わったかな?
只のニブイ奴と思われただけか?それとも何も伝わらなかったか。

なーんて事をする輩がいるからだ。(私はしませんけどね。えぇ。)

<ほのめかす>って言えば
ニュースでよく
「容疑者は犯行をほのめかす供述を始めている。」って聞くけど
具体的にはなんて供述しているんだろ?

「自分が殺りました。」とは断言していないけど
「殺った。」とほのめかしているんだから

「もしかしたら、自分が殺しちゃった可能性が有るのかも知れないんじゃないかな~。」
とか言ってるのか?それとも
「刑事さん。わらひは、はれほほろひまひは。ええ、ほろひまひはほも。」
とか言ってるのか?

まあ、そんなわけで(「どんなわけ?」と突っ込んでおいて下さい。)

相手の意図を汲み取れない奴って駄目な奴だよね。子供だよな。
深読みし過ぎるのも、それはそれでやっかいだけどさ。
それでも、気が回らないよりはまだまだマシかな。

ってわけで

<大人のたしなみ>として、せめて
「一を聞いて三を知る」くらいにはなりたいと思うのでした。



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かわいくない?マスコット論争

1300
籔内佐斗司氏の仕事を手伝った事があるので、目についたのだが。

かわいくない?マスコット論争――奈良「平城遷都1300年祭」


 デザインは東京芸大大学院教授の彫刻家、籔内佐斗司氏が担当。童子はエネルギーの象徴、シカは奈良の守り神という。全21案から外部の有識者らが選考。祭りの事業協会が、籔内氏から500万円で著作権を買い取った。

 2月中旬に愛称募集を始めたが、ネット上で「気持ち悪い」「金額が高すぎる」など批判が相次いだ。白紙撤回を求める署名活動もあり、協会にはこれまでに約1000件の批判が電子メールなどで寄せられた。


たしかにかわいくない。
しかし籔内佐斗司氏の「童子」シリーズの延長であればかわいい必要は無い。


問題があるとすれば、この作品を選んだ有識者と呼ばれる人達と一般人のギャップだろう。

500万円という金額が高いか安いかは立場で変わる。
一般人には「これが500万円?! そんな無駄遣い許せん!」となる。

しかし「平城遷都1300年祭」という厳格な式典に用意されるモノであればそのくらいの価値があっても良い。
むしろ安価に設定しすぎじゃ無いだろうか。

だが、サイトをみても今回のイラストを見ても厳格さが感じられない。

格式の高さと親しみやすさがごちゃ混ぜだ。

たぶん有識者と呼ばれた人達の中でも攻防があって、その妥協案がこのイラストとなったのだろう。


しかしここまで騒ぎになると、ある意味成功だ。

注目度アップのため平城遷都1300年記念事業協会がそこまで見通していたとしたら、たいしたモンだ。


いっそのことモリゾーとキッコロにしちゃえばぁ1301

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籔内佐斗司の世界
平城遷都1300年記祭

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デザインフォーラム

20080312
横浜市経済観光局主催のデザインフォーラムが開催される。

この中で、デザインパネルディスカッションにパネラーとしてみどりかわが出ます。

しかし実際の現場では、モノづくりの職人達とデザイナーは仇同士。

形状の成り立たない絵を持ってきて、早く作れだ安くしろだ。
気を利かせた箇所に限ってイチャモン付けてくる・・・


そんなワケで、現場重視のミナロへ「デザインとは何か」を尋ねられても非常に困る。

はたしてパネルディスカッションは成り立つのだろうか・・・


プログラム
デザイン ケーススタディ アッシュコンセプト代表 名児耶秀美氏によるデザインを「経営に活かした」企業の事例紹介。 中小企業と組んだ仕事も多数こなし、豊富な経験をもつ講師に事例を交えてご講演していただきます。

講師紹介
アッシュコンセプト 有限会社
代表取締役 名児耶 秀美氏

ホームページ:http://www.h-concept.jp/
家庭用品、日用雑貨の生活雑貨を中心に扱うインテリアブランド「+d」を展開。 デザイナーとデザイナーとモノ作りの現場のコラボレーション製品化したものを多く手がかけている。


デザイン パネルディスカッション
横浜市内でデザインに取り組んでいる、取り組もうとしている中小企業の方々にデザインについて語っていただきます。 横浜市内の中小企業が実際に経験したデザインの様々な効果が聞けるチャンスです。

パネラー紹介

株式会社 さくら樹脂
代表取締役 須藤 裕氏

株式会社 スリーテック
代表取締役 久野 啓一氏

プラムネット 株式会社
代表取締役 山口 光太郎氏

株式会社 ミナロ
代表取締役 緑川 賢司氏

株式会社 レーベン販売
代表取締役 高部 篤氏

「デザインフォーラム」
日時 3月25日午後2時から5時半
会場 横浜産貿ホール 1階展示場
参加費 無料
申込みはこちら
デザインフォーラム

ミナロの知っているデザイナーはすばらしい人達ですがね、なにか?
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ふ、冬子さん?

P1040990

エミリア四姉妹の長女、冬子さんがミナロへやってきた。

普段はこんな美人の冬子さんですが、実はとっても肌が弱いのです。


そこでミナロへ治療にやってきたのです。


早速脱いでもらいました。

Img_6734

Img_6733

矯正下着の締め付けがきつすぎるのでは?

ご覧の通り、肌はパリパリ悲鳴を上げています。


 

でも大丈夫、ミナロの手に掛かれば、若かった頃のスベスベお肌を手に入れられます。


アンチエイジングだってお任せです。


では早速仕事開始!


Img_6740


ハンマーで叩かれ、ノミでぐりぐり。


違う悲鳴が聞こえてきそうですが、口を手で押さえられて声も出ません。

Img_6739


すっかり皮がむけた右腕。


あとは足も綺麗にしておかないと。


さて、ここまで身軽になった冬子さんですが、ミナロの仕事が立て込んできましたので、続きはいつ出来るでしょうか?


今のうちに反転メス型を取っておこうと言う外科医も居ますが・・・


冬子さんはすっかりオモチャです
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ババ抜き

Img_6697

この中にババがあります・・・

かつて無いほどの約束手形の枚数だ。


さんざん手形を断ってきたのになぜこうなる?


古い体質の企業は手形が基になって回っている。


実入りがなければ払えないのもわかるが・・・


そしてだれかがババを掴まされる。


このババがワイルドカードになって、起死回生の一手となりますように。


リアル過ぎる画像かな
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●「木を見て森を見ず」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ

些末な事に囚われて全体を見る視点が欠けるのを戒める

ことわざなのだが。

世の中には木だけを見る人が…。


勿論、<森だけを見る>のも<木だけを見る>のもどちらも駄目で
物事を見るにはミクロとマクロ両方の視点が必要であることは間違いない。

全体を眺め、それを構成する要素一つ一つにも注意を払う
そして再び要素を頭に入れた上で全体を見直す。
マクロとミクロを自在に行き来する
そう言うモノの見方をしないといけないと言う事だ。

しかし、組織が大きくなり分業が進むと
<木だけを見る>事が仕事の人が出てくる。
木どころか葉っぱ一枚だけを見る担当なんかが出来てくる。

職分としてそれだけをしていれば給料が貰えるのだから
<森を見る>視点なんて端から必要無い。
<森を見る>のは自分の仕事ではなく、別の担当の人がする仕事なので
してはいけないのだ。他人の職分を侵すことになるから。

<葉っぱ一枚だけを見る>仕事の人は
森全体では青々と茂っていても(当然、そんなの本人は見ていない。)
「葉っぱが一枚枯れました。」と大騒ぎをする事になる。
<葉っぱが一枚枯れた事>が<森>にとってどういう意味を持つのかは
それを調べる担当の人の仕事だから自分には関係ない。
判断する事もいけない。職分外だから。

<森>の事なんか関係ない。
とにかく「葉っぱが一枚枯れた」と慌てなければいけない。
そりゃそうだ。それが「自分の仕事の全て」なんだから
新しい葉っぱをあてがって貰うまでは、自分の仕事が無い。
仕事が無ければ給料が貰えない。死活問題である。

<俺の葉っぱ>が枯れたのは上の葉っぱが太陽光を遮ったからだとか
枝がちゃんと養分を運ばなかったからだとか
幹の担当が虫を上るのをそのままにしたからだとか
自分の仕事を奪った犯人探しに躍起になる。

職務に忠実である事。それが組織の中に生きる者の正しい姿。
規律を守る事が第一義。それが自分の生活を守る。

世間ではこんな人の仕事ぶりを「お役所仕事」と呼ぶ。

だが、「お役所仕事」は公務員だけの専売特許ではない。
あなたのすぐそばにもいる。
間違いない!(古っ。)



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なりきり

ゲーマーであるみどりかわ、ここ最近時間があれば三國志Onlineをやっている。

なにやらプレオープンサービス期間中とのことで、無料でプレイ出来るのだ。

昔のように、時間を忘れて夜中遅くまではやれないので、キャラがなかなか成長しないのだが。


この三國志Onlineの最大の魅力は合戦だ。

魏呉蜀の軍勢に別れて対戦する。

先日たまたま参加できた合戦は、魏vs蜀。 
(プレオープンのためか三日おきにしか合戦が開かれないみたい)

今は蜀に志願している。


その日参加したプレーヤーの数約300人。
ほぼ半々に別れてぶつかり合う。

合戦場へ行くとモニターの中には、ひとひとひと。
あちらこちらで、斬ったり斬られたりしている。

全然成長していないキャラで参戦しているため、あっという間にお陀仏なのだが、このにぎやかさが楽しい。
こんな弱々が紛れていても、最後は蜀の軍勢が勝利した。


そして砦に戻ると、あの諸葛亮孔明が登場し、労いの言葉をくれる。

「諸君の働きにより我が軍は勝利した、これからも蜀の為に励むのじゃ」ってな感じで。


でもね、それを聞いている(チャットだから読んでいると行った方が正しい)兵達の中から、「孔明うぜぇ」とか「諸葛亮ってKYじゃね?」、「おまえも働け」とかいう返事が返ってくる。

三國志の時代背景とか軍人として蜀に属していることとかを考えると、諸葛亮孔明に逢えるだけでもすごいことだと思うのだが・・・

こういう対応しか出てこないのは、バーチャルだからなのか、フラット化したぬるい時代だからなのか、いずれにしろもうちょっと「なりきり」が欲しいところだ。


どうせならさ、

「各々がた、勝ち鬨をあげようぞ!」

「エイッ  エイッ  オー!」 

なんて言うなりきりキャラでバーチャルは楽しみたいね。


勝ち鬨って日本の戦国時代だけか?
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●ストレス性~

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ
メカニック時代の後輩で時折「謎の蕁麻疹」に掛かる奴が居た。

年に数回ぐらいだが突然、かゆみとともにミミズ腫れがでる。

腕や腹、首周りと場所は一定ではなく
まるで何かの文字の様に浮き上がり、赤く腫れてしまうのだ。
我々は「宇宙からのメッセージが来た!」と叫び
本人も「また、受信した。」と笑っていた。

蕁麻疹らしいのだが、医者に行っても原因は不明との事。
ストレスでも出ることがあると医者に言われたそうだ。
「ストレス性の蕁麻疹」、確かに他にも聞いたことがある
だが本人には特に思い当たる様なストレスは無いと言うのだ。

そいつと先日久しぶりに電話で話をした。

話の中で、蕁麻疹の原因が判ったと言っていた。
ストレスの理由が判ったと言うのだ。

何が奴のストレスだったのか?

なんと、「自分の愛車に乗れない事」がストレスの要因だった。

車好きが高じてメカニックになった様な男なので
車が大好きなのは判っていたが
まさか、愛車に乗れないだけで蕁麻疹が出るとは思っていなかった。
それは当の本人にとってもそうで
その事がストレスの要因になるとは自覚していなかった。
ただ、「蕁麻疹が出た時期」と「愛車に乗れない時期」が
重なっていた事に気が付いたというのだ。
「愛車に乗れない時期」が長引くと蕁麻疹が出るという。
ストレスの自覚は無いのだがそれ以外に考えられないと言うのだ。

ここで、一般の人とはちょっと事情が違うと思うので
奴の「愛車に乗れない時期」の事情を説明しておこうと思う。

奴はいわゆる「走り屋」の部類でちょくちょく車を修理したり
改造したりしていた。
メカニックは基本的に貧乏なので
いじるときは時間をかけて中古の部品を探したり
また自分でいじるので時間がとれなかったりすると
何週間も工場で車が眠ってしまうのだ。
その間は代車に乗ったり、友達の車を借りたりして過ごす。
そんな時に蕁麻疹が出ていたのだった。

車に乗れないだけで蕁麻疹が出るなんて

人間の体って不思議だ。

しかも本人には自覚が無いなんて。ますます不思議。
ストレスって知らないうちに溜まるものなんだって教えられました。

ストレスなんて無い、と思っている自分にも
きっとストレスはあるんだろうなぁ。
知らないうちに体が反応していてとんでもない事になってたりして。

やっぱ、ストレスフリーの生活を心がけないといかんな。
どうすればストレスが解消出来るのだろう?

でも、自覚出来ないのにどうやってストレス予防すりゃいいんだ?
発散するにも、有るのか無いのか判らないストレスじゃ
発散出来たかどうかも判らないし。
発散したつもりで実はさらにストレス溜めてたりして。

う~む、ストレス発散を考えるとストレスが溜まりそう。


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●めんどくさがり

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ
自分はかなりの「めんどくさがり屋」である。

あれやこれやと、好奇心は人並み以上にあるとは思うが
いざ行動に移すとなると「面倒くさい」のである。

いきなり興味の有る「行為」に掛かれるのならいいんだけれど
その為の準備やなんかが面倒なのである。
ある意味「飽きっぽい」のかも知れないが
「行為」そのものに飽きる以前に、その手前で挫折してしまう。

「美味しいと評判」の料理。一度は食べてみたい。
どんな味かこの舌で確かめたい。
でもね、その店に入るのに並んで待つなんて
もう、「めんどくさい」。
並ぶことに対しては興味が持てない。

いままでにスキーやスノーボードをしに何回かスキー場に行った。
スキーもスノボも面白い。朝から晩までゲレンデに居ても
平気だ。食事すら忘れてしまう位にのめり込める。
斜面を転がり落ちるのも悪くない。
でもね、休日に朝早く起きて何時間も車に乗ったり
大きな荷物を抱えて電車に乗ったりするのが
もう、「めんどくさい」。
帰りの事を想像するだけで気持ちが完全に萎えてしまう。
「移動」という壁が乗り越えられない。
家まで迎えに来てくれて、運転もしなくて良かったもんだから
何回かは行ったけど、自分で運転なんてしてらんない。

「過程」まで楽しめる様じゃなきゃダメなんだろうな。

店の前で行列してる人たちってきっと
「待つこと」「並ぶこと」が好きなんだろうな。
一人でも遠くのスキー場まで出かけちゃう人は
スキー場に向かう「わくわく感」が好きなんだろう。
疲れた体でハンドルを握る帰り道なんてものは
「わくわく感」に掻き消されてしまうんだろう。

そう言うのを「情熱」っていうのだろか。
情熱的な人ってすごいと思う。

「行為」は大好きなんだけどそこまでの「過程」がねぇ~。


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そりゃないぜベイビー

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新車のキャラバンがキズ物に!?

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派手にやってくれたぜ!

フロントドアから、テールまで真っ白なストライプさ。

ド派手なマーキングも顔負けの大胆なヤツ。

これで納品もノリノリで行けるってモンだっ!









・・・って、そんなわけない

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磨いたさ。

新人佐藤が、一生懸命磨いたさ。

砂消しゴムとピカール使ってゴシゴシと・・・

(ちなみにぶつけたのは佐藤ではないのよ)


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おかげで、こんなピカピカに。


きっと今月は、キャラバンをキズ物にしたお詫びに、チョコレートで荷台が埋まる事だろう。


でもね、もうゴメンだぜベイビー
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もう2月に

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このごろ日が経つのが非常に早い。

ついさっきまで、「あけおめ~」と言っていたかとおもえば、もう2月だ。

年明けからココまでひと月あまりの間に、色々とあった。

商社の行方不明に緊張が走る。

が、新規取引先は3件増えた。

もう一件、船舶関連の大手が取引の可能性を検討中だ。


ミナロの新人、佐藤が満場一致で正規雇用となったのは年末だったかな。


1月はミナロの半期の賞与月。

とても残念ではあるが、約束手形の一件が片付くまでは通常の6割程度の支給で我慢してもらった。

後半で挽回できれば、決算賞与は奮発したいと思っている。


うかうかしていると、あっと言う間に春が来て、夏が来て、決算になってしまう。

今年こそは!と毎年思っている事のひとつでも目に見える物にしていきたい。

ヌマヅの喫茶D51に行ったのはいつ頃だったかのう~
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GUTSさん登場

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北陸・石川県金沢から、横浜の金沢まで遠路はるばるお越し頂いた。

飯山治郎のガッツログ で有名な GUTSさん。

これまでミナロとはブログの付き合いのみだった。

しかし以前よりトゲのある意見(笑)を頂いていた為、とても気になる存在だった。


今年初めに、ガッツログへ「そろそろリアルで対面できれば」とコメントしたところ、即行動派のGUTSさん、東京出張に絡めてわざわざ寄り道してミナロまで来ていただけた。


話してみて、思った通りの人。

「北陸の人と企業の元気のために!」という看板は伊達じゃない。

朝6時から始まる早朝勉強会の世話役をやったり。

クライアント企業の求人戦略をたて、希望通りの人員を希望通りの人数、就職させてしまうのは、見事ととしかいいようがない。

それでいて、利益重視じゃないところがまた良い。


ミナロでの対談も自然とコーチングされているかのように、会話が進む。

最後には、5年後のミナロ像を持つことを約束されてしまった。


GUTSさんは仕事で月イチで東京入りするという。
タイミングを見て今度はこちらから押し掛けるつもりだ。

GUTSさんの5年後にはなにを約束してもらおうかの~


北陸の炎を見たり
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2008新年会

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ここが今年新年会を開いた会場です。

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入り口はこんな感じ。


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実はここ、ミナロの3階なんです。

会場製作に一週間、部材はほとんどIKEA製。

デザインはあの独特の感性の持ち主、エミー@エミリアが担当しました。


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総勢20名以上?集まっていただきました。

うれしいね~

差し入れも沢山。

感謝です。


ついでに、ひとり10万円借りれば不渡り手形の分もすぐに・・・ 


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そして彼も成長していました。

みどりかわが2年前の新人研修講師を務めたときの生徒、「マイケル」。

いまでは「スカル・フリーダム」というリングネームで、今年プロレスラーとしてデビューするために、キャバクラ通いをやめ、がんばっているそうです。


今年もみんなで集まれる機会が多くある事を祈りつつ。


来られなかった方も次回は是非
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●「ど~したらいいの?」

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ
以前、別の会社に勤めていた時の話。(と、仮定しての話)

プレス屋に居た(事にした)のだが
「樹脂モノの試作屋」の営業が板金の仕事を
ちょくちょく持ち込んできていた。(と、仮定してみよう)

この営業が使えなくて
自分の受けた仕事の内容なんてこれっぽちも把握していない。
どんな簡単な問い合わせでも発注元に確認しないと返答できない。
しかも、段取りが悪いので、いつも短納期。
納品しても言いがかりとしか思えないクレームで帰ってくる。
ただ発注元に言われた事をこちらに持ってくるだけ。
(どこ行っても、何か聞かれても答えられないからね。)
しわ寄せがいつもコチラに来ていた。
只の「伝書鳩」野郎だ。

はっきり言ってこんな奴に対しては
「お客様は神様です。」なんて言葉はあり得ない。
しこたま、金を払ってくれるなら話も別だが
そんな事は無い。「次の仕事で穴埋めを。」
といつも言うが、いつ「次」が来るのやら。
いつも苦々しく思っていた。
(思い出すだけでむかつく!)

ある日のこと
そこの仕事を納期ぎりぎりでやっと作り
最後の塗装のために、朝一で品物を塗装屋に持ち込んだ。
塗装屋へは車で小一時間、渋滞すればもっと掛かる。
翌日には納品だ。翌朝には塗装屋へ引き取りに行かねばならない。
無理言って一日で塗ってもらう様に頼み込んでおいたのだ。
(製造業はどこも一緒。)

すると、自分んとこの社長から携帯に電話が。
「持って行った塗板が必要だから持って帰ってきてくれ。」

「は???(訳わかんねぇ)」

塗装のサンプルを発注元メーカーから借りていたのだ。
50x150位の薄いアルミ板にサンプル色が塗ってある。
塗装屋さんはこの塗板をみながら調色をして塗装をするのだ。
塗板無ければ調色が出来ない、即ち塗装が出来ない。

その塗板を
「自分の会社で作った樹脂部品を塗りたいので返してくれ。」と
「伝書鳩」から電話があったのだ。
「これから会社の方へ取りに来る。」だと。

塗板は一枚しか無い。いくらベテランの塗装屋さんでも
一目見た色を覚えて調色、なんて出来るわけがない。
持って帰れるわけ無いだろが!
相変わらず無茶苦茶言ってきやがる。

「ど~したらいいの?」

ここで賢い私はひらめいた。「!!」
塗装屋の近所に仲の良い板金屋さんがあったのを思い出した。

「塗板を二つに切っちまえ。」

半分に切っても、もともとアルミ板に色が塗ってあるだけのモノ
実用上は問題ない。
発注元から借りた塗板なのでやばいと言えばやばいのだが
事情を説明すれば判ってくれるだろう。許可を貰っている時間もない。
「伝書鳩」に言っても時間の無駄だ。
自分んとこの社長に言っても駄目だろう、そんな要求を素直に聞いちゃうんだから。
最悪、自分が謝りに出向いてやる。時間があれば新たに作ることも出来る。

なにより、先ずは「伝書鳩」がメーカーに謝りに行くだろう。
これは、面白い。奴の困った姿を想像した。
社長には「はい。」とだけ答えて電話を切った。

そんなこんなで、独断で塗板をシャーリングで切って貰い半分を持って帰った。
勿論、塗装屋にはサンプルを新たに作って貰う事を了承してもらって。
(リカバーの手はずは整った。)
半分の塗板をみたら「伝書鳩」はどんな顔をするのか、楽しみだ。

会社に帰ると既に「伝書鳩」が来て社長と事務所で話していた。
社長と「伝書鳩」の前に半分の塗板を黙って置いた。
「まずいな。」「伝書鳩」がぼそっと言った。

「半分でも、色は判るでしょう。」と
私は(なにがまずいの?判んな~い。)ってな顔で一言残して
すぐに仕事場に引っ込んでしまった。

慌てて会社に帰る「伝書鳩」の車が見えた。
「さまあみやがれ!」

そして、程なく昼休み。事務所に行くと社長が
「あれはまずいよ。」と私に言うではないか。
私は「そうですか。」と答え、会話はそれで終わり。

まずいのは百も承知の上での行動。だが自分ではベストだと思っている。
なにより奴に多少なりとも<復讐>出来たので
ほめられこそすれ、叱られるとは思ってもみなかった。
(本当は予想はしていたんだけどね。)
こんな時でも「お客様」(伝書鳩の事だよ。)を優先する
社長が情けなく思え、悲しくなった。

現場の「志気」なんてどうでもいいのね。金の為にガマンしろと。
たとえあんな客でも金を運んで来てくれる。
<顧客第一>。これが正しい経営者の態度なのだろう。
あんなに現場の雰囲気を悪くする、現場の志気を削ぐ仕事でもお金が大事。
経営者の責任を経験した事が無い私には理解できない。
それでもガマンしてお金を頂かなければ会社って経営できないのか?
客観的にみて、奴のとこの仕事が無くなってもさほど影響はなさそうなのだが…。
そんなに大変なの?経営って。(良かった、経営者じゃなくって。)

このジレンマに社長も悩んでいるのか?(悩んでいて欲しいけど…)
だったら、「あれはまずいよ。…でも良くやった。」って笑うよな、私なら。
だって、他の客ならいざ知らず、あの使えない「伝書鳩」だよ。
ってことは、悩んでいない。金の事だけ、人間の事なんか考えちゃいない、って事か?
たとえ「伝書鳩」でも差別しない。他のお客と同格に扱う。
さすが経営者のかがみ!<売り上げ第一>

だから、安い給料しか払えない、って言うくせに自分だけあんなデカイ家を建てられるのか?
口では厳しいっていってるけれど、副業で料理屋なんか開けるのか?
平日に泊まりがけで家族旅行に行ったり、釣りに行ったり出来るのか?
まあ、過去の事は判らないし(景気の良いときがかつてはあったらしい。)
元々金がある家だったのかも知れんが。(でも、二代目か三代目だよな、確か。)
でも、もう何十年も働いてる先輩はみんな貧乏みたいだよなぁ。
良い時もあったんじゃないの?その頃の稼ぎはどこへ?(浪費癖があんのか?)

社員の感情より会社の利益を優先する。それが「経営」ってもんだ。

会社の利益????会社って誰の事????社員以外????

と、つらつらと書いてきたが。
仮定の話なので、こんな人たちがいたらどうだろう?
って想像して書いてみました。

こんな事がもしあったら「ど~したらいいの?」


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新年会のお知らせ

20080109_2

もうすっかり正月モードは抜けきった今日この頃ですが。

1月25日(金)に、やっと綺麗になったミナロ3階で新年会をやろうと思います。

開始時間は午後6時頃から、終了時間は成り行きで。

会費は有りませんが、差し入れ大歓迎です。
寿司とピザ、アルコール各種程度は用意しておきますので、その他、ご当地名産品や食べたい物、飲みたい物を持ち寄ってください。

一応、参加できそうな方はコメントかメールでご連絡下さい。


日時 1月25日(金) PM6:00頃から
場所 ミナロ3階 (展望レストラン?)
会費 現物

すでに新年会の予定が入っていて来れない方は、差し入れの宅配をお願いします。(w


皆様のお越しをお待ちしております
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2008年正月

あけましておめでとうございます。

旧年中は大変お世話になりました。

今年2008年はどんな年になるのでしょうか。

ばれなきゃ良い、やった者勝ち・・・ そんな風潮が染みついている昨今ですが。

見えないところまで良い、ちゃんとやった者が報われる、そんな年となって欲しい。


大きく変わることは無くとも、一年一年の積み重ねで信用を得、信頼を築く。

その一歩になれば良い。


良いことも悪いこともリセットし、新たなスタートだ。


みなさま今年もよろしくお願い致します。


今年は100切れるかなぁ・・・
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●「モノ」の価値観に関する考察~食べ物編~その2

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ
産地の偽装や賞味期限の改ざんなど
「食の安全」に関してここのところやたらと
マスコミが騒がしいが…。

私が書くのであるからして
「偽装などけしからん。」とか
「私たちの安全は誰が守ってくれるの?」
なんて事は書かない。

私に関していえば、今、手に入るモノを手に入る範囲で
黙って食う。それだけである。
自分が栽培したり、採取してきた食べ物ではない限り
安全なんて保証されない。
国産だろうが中国産だろうが食って体調が悪くならない限り
ガマンする。エンゲル係数が上限だ、他になにが出来る?

だいたい、私が小学生の頃は
「ちゃんと、<農薬>を使った野菜をきっちりと<洗剤>で洗って食べなさい。」
って、学校で習ってたぞ。
まあ、理由は主に衛生面(いわゆる虫をいれるなっ、つー事)だったけど。
今じゃ「無農薬」の方が良いらしいし、花粉症の治療にわざわざ虫を入れる
ってな事になってるらしいじゃない。「常識」なんて不変のものじゃないからね。

「無農薬」「有機栽培」などと聞くといつも思い出す話がある。
私の母親の知り合いの女性の事なのだが。

今から十五年以上前の話、その頃は今ほどには「食の安全」が
人々の話題になる程ではなかった。昔から周期的に「添加物」や「合成着色料」
なんてモノがマスコミに取り上げられていたが、ちょうど今回の<ブーム>の
走りの頃かな?

一部の<知識人>(この言葉もなんだかよう判らんが)が
「添加物」や「農薬」の問題を取り上げていたが
大手スーパーに「無農薬野菜」なんてモノはまだ並んでなかった。
都会では、一部の懐に余裕がある人達しか手に入れられず
まだまだ庶民の口には<安全な食品>が入りにくかった頃だ。
需給の関係で割高だったからね。

そして、件の女性なのだが、仕事は薬剤師。旦那さんは医者。
健康には人一倍気を遣う。
「無農薬」「有機栽培」「無添加」以外の食材は口にしない
(本当かどうかは判らないが、ウチの母親はそう言っていた。)
いわゆる<安全な食品>ばかりを選んで食していたと言う。

「添加剤」その他、「良く判らない化学物質」を食事ごとに取り入れている
私の家族なんぞに比べれば、かなり長生きするんだろうな、と思いきや。
皮肉にも彼女は五十代半ばにして<ガン>に。
還暦を迎える事なく天に召されてしまった。

<ガン>の発症と「食」の因果関係は判らないけど
この事例からは少なくとも

「食べ物に拘っても<ガン>は予防出来ません。」
ってー事が私には判った。

発症には色んな理由があるんだろうけれど
私的には「意味無いじゃ~ん。じゃあ、好きなモノ食った方が良いや。」
と言う結論。先のことは判らない、駄目なときはやっぱり駄目。
「事故」や「病気」に気をつけるのは大切な事だろうけれど
最終的にはなるようにしかならないのが人生。と悟りました。
ケ・セラ・セラってーの?

「あんなに気をつけてたのに、どうして?」って、悔いながら死ぬのと
「やっぱりな。」って納得出来て死ぬのとどっちが良い?
誰だっていずれは死んじゃうんだから。「死に方」って大事だと思う。
「生きる事」だけに、心が囚われていると「死ぬ事」が目に入らなかったり
見誤ったりするんだと思うんだよね。
「生」から「死」までが「人生」なんだからさ。

さて、人生観はともかく私にとって「食の安全」って
じゃあどういう事?

先ず、本来他人に求めるもんじゃ無いよね。きっと。
自分で判断する事が何よりも大切。自分が納得出来なければ
口にしない。口にする以上はある程度の覚悟(妥協?)は必要。
完璧って求められないでしょ?
「安全」の反対は「危険」だけど、「安全」じゃないって
じゃあ、どれだけ「危険」な食べ物なんだ?って事。
その辺の見極めが、どれくらいの「リスク」を
受け入れる事になるのかが判っていないと。

「<賞味期限>内だったから腐っていたけれど食べた。」
なんて奴はいないはずだよね?。
「<天然>ものだから、ふぐの肝を食っても安全だ。」
なんて思っている奴もいないよね。ふつう。
極端だけど「他人の評価」に安全を求める人間って
そんな奴らだと私は思う。

自分が食べるものでしょ。自分が食ったモノを
隣の人が消化して、その隣の人がウンコしたりしないんだから。
自力で「生産」出来ない以上はある程度他人を信用しないことには
成り立たない。「リスク」は覚悟しなきゃね。
他人を信用する「リスク」を。

「これを食べていれば安全、安心。」って事は裏返すと
「これを食べたら大変なことになるかも?」って
怯えながら食べなきゃならない場面に出くわすって事にならない?

誤解されちゃ困るのは(別に困らないか)
私は「安全な食品」を求める事を否定している訳ではない、って事。
やっぱり畑でもいだばかりのトマトやキュウリは美味しいし
出来ることなら余計な化学物質は体に入れたく無いってのが本音。
ただ、心が囚われてしまう事はまずいんじゃ無いのーって話。
身体が健康でも心が不健康じゃどうしようもないもんね。
これを読んで「何だこの野郎。」って思った人。
心が病んじゃうよ。免疫力が落ちちゃうよ。
「まあ、人それぞれだよね。」って軽く聞き流せる様じゃ無くっちゃね。

そもそも「食べ物がある」ってだけで、それが幸せな事だって人々が
今現在もいる事を忘れないようにしないといけないよな。
食い物についてああだ、こうだ言えるって幸せなんだって事だわな。

そんな事で、私は「タバコ」も吸います。やめる気も
今のところありません。「リスク」も覚悟の上で。
昔テレビでみた中国の元気なじいさんは
長生きの秘訣を訊かれて「タバコを吸う事。」って
答えていたもん。

”tabacco”は"chemical"だから体に悪いけれど
”hemp”は”natural”だから体に良い(?)
と私に力説していたのは”Heidi”だったっけな?

価値観は人それぞれだよね。


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『偽』

Gi
1年の世相を漢字1文字で表す2007年「今年の漢字」が「偽」に決まったそうだ。

確かに世間は偽りばかり。
原材料も、食べ物も、学校も、スポーツも、政治もだ。


まともなモノがあるのかいな?
と言いたくなるほど偽りばかり。

しかし、偽りをするほうは罪の意識は少なく、誰かの指示に従っただけだったり、周りもやってるしその業界では普通のことだったりする。

だが、立場変われば見方も変わる。
偽りを見抜いたほうは、鬼の首でも取ったかのように騒ぎ立て大罪扱いだ。


でもさ、人間生きてりゃ多少のホコリは出るもんです。

ひとの偽りをあ~だこ~だ言ってる自分達はまったく偽りが無いのかい?
他人の生命を脅かす程の偽りは無くとも、地球の寿命を縮めることはしているだろう。

あんまり良くないこととはわかっていても、人は安易なほうへと進む生き物だ。
自分自身に偽って生きるのが普通の人間だ。


人生にお金が必要となる以上、偽りは無くならない。

今年一年を表す漢字が「偽」とは悲しいことだ。


あ、ミナロの場合は「技」ですから ニタニタ~
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●「モノ」の価値観に関する考察~食べ物編~その1

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ
「健康に気を配る生活」を心掛ける人々が増えてきた。
特に「食べ物」には拘る。

生活が豊かになった証拠だという。

食べ物が手に入らない世の中なら
「口に入れば何でも良い。」「腹が膨れるかどうか。」
で充分だろう。
自分の体を作っているのは「食べ物」である。
文字通り「血となり肉となる」のが「食べ物」だ。
「消化出来る事」が唯一の「価値観」だろう。
美味い、まずいは二の次だ。

「いけす料理」なるモノがある。
大きな水槽に生きた魚が泳いでいて
客の注文を取ってから魚を客の目の前で調理したりする。
新鮮な魚を食することが出来る。
食べ物は「新鮮なほど良い」と言う「価値観」だ。

朝取りの野菜がありがたがられる。

「今朝とれた卵なんですよ。」それだけで体に良さそうだ。

「新鮮」は食べ物にとっては絶対的な「価値観」なんだろうか。


じゃあ、「目の前でシめられた」ニワトリの鶏鍋は最高に美味しいんだろか?
「目の前でバラバラにされた子羊」の肉の「香草焼き」はどんなグルメも大絶賛だろか?
「そーんなワケないだろ~。目の前で解体されちゃ~。」
っていうのが、一般的な日本人の感覚だろう。

でも中国のどっかにはそんな料理屋が有るという。
店の前に「籠」に入った「食材」が「最も新鮮な状態」でストックしてある。
客が選んで調理してもらって、食せると言うのだ。
「ハクビシンがSARS(憶えてる?)の宿主では?」ってなニュースの時に
テレビで見た。「ハクビシン」は珍味なんだそうだ。
さすがに客の「目の前で解体」はしないだろうけど。
戸板一枚のところでは…。

なんで「魚」はOKで鶏や子羊はNGなんだ?

赤い血を見るか見ないか、の差なんだろうか?

以前オーストラリアかニュージーランドで
現地の日本料理屋の「伊勢エビの活き造り」が「残酷である。」という理由で
物議を醸した。「エビちゃんが可哀想だ。」と
結局どうなったかはしらないが
日本人の食習慣からすれば「とんだ言いがかり」にしか聞こえない。

自分らだって喰うために羊や牛を殺している。何処の国でもだ。
喰う為には命を奪わねばならない。

結局「食べる事」は「命を頂く事」なのだ。
動物だろうと植物だろうと。
その「生命力」を取り込む事なのだ。
だから食べる前には「いただきます。」といって手を合わせる。

以前、南洋の島にホームステイ(あの番組ね)に行った
日本のガキタレントが、現地の人が歓迎の為に
生きたウミガメを目の前で料理してくれたのを見て
可哀想だと泣き出しやがった。

目の前で泣かれた現地の人はかなり困惑していた。
自分たちでさえ「特別」な時にしか食べられない
ウミガメを最大級の歓迎を込めて料理したのに。
日本から来たガキの「くだらない感傷」で台無しにされた感じだ。

もの凄く申し訳なさそうな顔をしながらガキタレントを
なだめている長老の姿をみていたら無性に腹が立ってきた。
自分がこんな奴と同じ「日本人」なのかと思うと。

さらに、「彼は心優しい」なんてフォローする出演者が
怒りの火に油を注いだのは言うまでもない。

「お前はそのままそこで暮らせ!帰ってくるな!」と
テレビに向かって思わず言ってしまった。
(でもさ、そう言った意味でも、好きなんだよねこの番組)

他の生物の「生命力」を取り込んで己の「生命力」を保つ事。
それが「食べる」事なのである。

それを「美味い」だの「まずい」だのと口にするのは
不遜というものだ。(思っちゃうのは仕方ないかな。)

「空腹が最高の調味料」とは、誰が言ったのだろう?

グルメでない私は「美味いモノ」が喰いたいときは
腹を空かすようにしている。その方が
「食べもの」のありがたみがより判るから。

決して「貧乏」だからでは無い。


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ド派手な376号

新車の376号にマーキングをしたく。

近くのかんばんやにデザインを依頼したところ・・・

こんなに沢山デザインをくれました。

(ホントはまだあるのだけど良いのだけをピックアップ)

376_a

376_b

376_c

376_d

沢山ありすぎて選べないので、みなさんのご意見を反映したいと思います。

376号に一番似合う、または一番好きなのはどれですか?

貴重なご意見お待ちしております。


ガンダムの顔が無いって?
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●O.J.T.

ライター:ダース=トリオムーン@ミナロ
『時間は1ラウンド3分、相手を殴り倒せば勝ちだ!』

ボクシングなんてテレビで見たことあるだけで
全くやったこと無いのに
たったこれだけのアドバイスで試合のリングに上げられた。

『ジャブ!ジャブ!』

「えっ?ジャブ?<打つべし!>ってやつ?」
「構えも教わっていないのに~。手はジョーを見たから
         何となく判るけど、足はどうなってたっけ?」

『ワン、ツーだ!』

「ワン、ツー?ワンはジャブでいいんだよな?
       じゃあ、ツーはなに?左右のジャブって事?」
「だいたい俺ってサウスポーじゃなかったっけ?
        構えはこれでいいのか?ジャブは右?左?」

『ガードを下げるなっ!』

「ガードが気になると、手が出せなくなるじゃん。」
「っていうか、相手が打ってくるもんだから
             さっきからガードだけじゃん。」
「いつ、打ち返せば良いのよ?」

『足を使え、足を!』

「だから~、立ち方がよくわかんないだよね。
    ベタ